スキャンダル➀
文化祭が終わって一ヶ月が過ぎた。
生徒会の仕事にも慣れ、二度目の中間テストもなんとか乗りきり知香の周辺も落ち着いてきた。
『今日で撮影は終わりです。知香さん、ありがとう。』
ずっと密着して撮影を続けてきた小田が終わりを告げる。
『いつテレビでやるんですか?』
撮影が終われば即放送と知香は思っているが、実際はそうでは無い。
『これから編集作業をしてナレーションや音楽を吹き込んだりするだけで時間が掛かるんだけど編成からOK貰うまでいつやれるか分からないの。たぶん来年の春くらいかな?決まった時点で連絡します。』
結構時間が掛かるものだ。
毎週放送しているバラエティ番組は時間が限られているがノンフィクション番組は逆に長い時間を掛けないと本物が作れない。
やっつけ仕事で真実は語れないのだ。
密着取材が無くなると、何か気が抜けた様な寂しい感じもあるが、小田が来なくなって一週間経ってもなんとなくまだカメラに追われている感覚がしてならない。
『狙われてる?』
知香は担任の木田先生に相談してみた。
『どうも気になるんです。取り越し苦労なら良いんですが。』
文化祭での異常とも取れる盛り上がりで警戒心が薄れてしまったかもしれない。
今後学校OB全員を締め出す訳にも行かないし、ある程度情報が漏れてしまうのは仕方が無いだろう。
『とりあえず小学校の時に使っていた防犯ブザーを持って歩きます。』
ストーカーかもしれないので警戒は強化するに越した事は無い。
知香の嫌な予感が的中したのは二日後だった。
朝、登校直前に先に出社した父から電話が入った。
『もしもし、おとうさんどうしたの?』
『週刊誌にともの記事が出ているみたいだ。』
『え?』
駅の売店でコーヒーを買おうとしたら週刊誌の記事が気になって買ったそうだ。
『[イマドキ中学生のLGBT事情]だって。』
コンビニに駆け込んで父に教えられた雑誌[週刊衆文]を買って見たら、確かに内容は知香の記事で間違いない。
『[埼玉県北部の中学一年生のTさんは元々男子だが性同一性障害の女子生徒として地元のS中に通っている。]だって。確かに知香さんね。』
職員室で木田先生たちと記事をチェックする。
『この先の成績優秀、スポーツ万能って盛ってないですか?』
知香の成績は悪いとは言えないが優秀とまでは行かないしスポーツは苦手だ。
『体育祭では少し頑張ったからな。取材したのが体育祭ならあながち間違えでは無い。』
学年主任の黒木先生が客観的な見方をした。
体育祭なら一般の保護者に紛れ込む事は可能だ。
『生徒会では役員に選ばれ文化祭には人だかりが出来るほど学校の人気者ってしっかり書いてあるわね。』
悪意のある文章では無いが、随所に[学校関係者]とか[ある保護者]とか匿名が出てくるのが問題である。
『卒業生でも学校関係者と言えなく無いし週刊誌の得意なところだ。ただ、こうした記事が載るとストーカー事件に発展する可能性もあるし白杉だけで無く他の生徒に危害が及ぶ事にもなる。』
とにかく、学校の行き帰りはなるべく一人にならないでいざとなったら防犯ブザーを使う様に指導された。
それまで、毎日では無いが小田が密着取材をしていた事もあったので鳴りを潜めていたのが、撮影が終わったタイミングというのが解せない。
小田にも電話で聞いてみた。
『雑誌読んだわ。断っておくけど私やウチの会社はそんな事しないから。でも結構よく書いてある。何かあったらまた連絡してね。』
小田を疑った訳では無いが、耳には入れて置かなければならない。
放課後、知香はひな子と自宅近くまで一緒に帰る。
萌絵の部活と時間が合わない事もあるが帰る方向が違うのだ。
『しょうがないでしょ?なるべくきな子が一緒に帰ってくれるって言うから萌絵も気を付けて。』
雪菜と萌絵の家は近いので保健室で浅井先生の手伝いをしながら時間を潰して待ってくれるそうだ。
学校の往復はしっかりガードを固めたので大丈夫だった。
ひな子と別れ、自宅の玄関前まで来ると男から声を掛けられた。
『白杉知香さんですね。』
知香はびくっとしたが、直ぐに冷静になった。
最近の子供や若い女性を狙う犯罪が自宅近くで襲われる事が多いので警戒を緩めていなかったからだ。
『何ですか?』
と言いながら防犯ブザーをいつでも押せる状態で握り、男に見せた。
『突然すみません、週刊衆文の記者の遠井と申します。』
隠れて取材していたのにいきなり自宅に押し寄せるとはどういう事だろうか?
『少しで良いですからお話を伺わせて下さいませんか?』
ここで簡単に家に上げるわけにはいかない。
『勝手にお話をする事は出来ないので母が戻って来るまで外でお待ち下さい。』
決して警戒を緩めてはならないと先生からも言われていた。
『分かりました、何時頃戻りますか?』
『7時過ぎになると思います。』
遠井はその頃に伺うと言い残して駅の方向に向かった。
知香は家に入るとすぐに玄関のカギを掛け、由美子にメールを送って木田先生には直接電話して指示を仰いだ。