麗とクラスメイト
(ウチのクラスは減点だな。全然提出した計画と違う内容にしちゃってる。)
生徒会室に戻った知香は憤慨していた。
『何怒ってるの?美人が台無しだよ。』
見回りから戻ったひな子が慰めた。
『それがウチのクラス、なんかめちゃくちゃになって。』
『さっき行ってきたけどあれくらい別に良いんじゃないかな?私も男子の制服着ちゃったよ。』
プリントされたひな子の写真を見せて貰うとアイドルが学生服を着た昭和の懐かしいコマーシャルの様だった。
『ひな子先輩、なんか似合いますね。』
『そう?男子の詰め襟、一回着てみたいと思ってたの。』
ひな子とそんなやり取りをしているうちに午後一時になり、さっきの小六男子が生徒会室にやって来た。
『こんにちは。』
『いらっしゃい、ちゃんと来たね。先輩、ちょっと保健室に行きますが良いですか?』
男子が来る前に新会長の児玉に許可を貰っていた知香はその男子を連れて生徒会室を出て、保健室に向かった。
ここならあまり人は来ないし浅井先生にも立ち会って貰える。
『青葉台小の上田康太です。』
知香と同じ青葉台小に通っている子だった。
『康太くん……、くん付けじゃなくこうちゃんて呼んで良いかな?写真撮った?』
康太がセーラー服を着た写真を出して、浅井先生と一緒に見る。
『凄い似合ってるね。』
康太は照れた。
『でも、あんなに人がいる中でカミングアウトしちゃうなんて凄いね。』
『あの時は白杉さんに是非聞いて欲しいと思って夢中だったから……。後で恥ずかしくなったけど。』
『知香って呼んで良いよ、こうちゃん。』
知香は一年前の自分と康太を重ね合わせていた。
『で、セーラー服着てみてどうだった?』
『なんかふわふわした感じで、気持ち良かった。』
知香も初めてセーラー服を着た時はそんな感じだった。
『こうちゃんは将来どうしたいの?』
『知香さんみたいに女の子になって学校に行きたいと思う。……だけど……。』
蟠りはあるみたいだ。
『おとうさんは男は男らしくしろって言うし、最近野球が好きになったから、中学に入ったら野球部入りたいし。』
昭和ならともかく今どき珍しい父親かもしれない。
『おとうさん説得出来なきゃ難しいかな?』
性同一性障害の認定には家族にカミングアウトをして望んだ性別で生活を続けていかなければならない。
『まだ迷いがあるのは仕方無いけど、自分の意思が弱いと将来後悔する事になると思うよ。』
『白杉さんみたいにいずれ手術を受けて戸籍を変えるなら思春期に入る今のうちの方が良いかもしれないけど、もし将来男の子に戻りたいと思っても戻れないの。だから慎重に考えて欲しいけど、分かるかな?』
浅井先生が知香の言葉を補足して言った。
『まずはおとうさんおかあさんに自分の言葉で説得して、本当に女の子になりたいっていう気持ちが強くなったらでも遅くないと思うよ。私、協力するから。』
康太は泣き出して頷いた。
『こうちゃんと私は同じ悩みを抱えている友だちだよ。一緒に頑張ろ!』
康太は暫く泣き止まなかった。
知香は無責任に自分と同じ道を勧めるのでは無く人それぞれの道があるという事を改めて感じた。
『そうだ、こうちゃん。明日も来れる?』
『……うん。』
泣きながらも自分の意思はしっかりしているみたいだ。
『明日さ、こうちゃんに私の服貸してあげるから着てみない?』
知香は康太に明日は女の子として文化祭を楽しむ様に提案した。
『え?でも、友だちと会うかもしれないし。』
『何言ってるの?さっきあれだけの人の前で女の子になりたいって言ったくせに。自分の思っている事をみんなに伝えるのは少しだけ勇気を出せば良いんだよ。』
浅井先生はそれが知香の強さだと理解した。
『分かりました。知香さん、明日来ます!』
康太は涙を拭いて保健室を出て行った。
『凄いねぇ、白杉さんは。』
浅井先生が感心する。
『え?そんな凄い事言ってないですよ。』
謙遜なのか天然なのか分からないが知香のその性格がみんなを惹き付けるのだと浅井先生は思う。
『あ、すみません。見回りの時間なので失礼します。』
知香も保健室を出た。
一旦生徒会室に戻り、再び見回りを開始する。
今度は三年生のクラスを回る。
麗のA組がどうなっているか気になって仕方が無い。
階段に行くといつも知香が職員室で鍵を借りて操作をしている車イスの昇降機が動いていた。
そこには麗では無く一般の来客者が車イスに乗っていて三年生が昇降機を操作していた。
『こんにちは。車イスに乗っているのは障害のある方ですか?』
操作している三年生に聞いてみた。
『あ、白杉さん。これは健常者の人に車イスの体験して貰っているんだ。うちのクラスはこの昇降機の使い方を教えてもらって今はみんな扱えるんだ。』
文化祭の前に先生から教えて貰ったらしい。
『ついでだから言っちゃうけど、今まで白杉さんが今井さんを教室まで連れて来てくれたんだろ?明日から白杉さんは階段まで来てくれれば後は俺たちがやるから大丈夫だよ。ありがとう。』
大変だったけど三階まで麗を送れなくなるのも少し寂しい気がした。
ただ、今まで何もしてくれなかった三年生が進んで麗の世話をしてくれる事は知香には嬉しかった。
『こちらこそ、ありがとうございます。』
『教室に今井さん居るから是非行ってあげなよ。』
三年生は冷たい先輩ばかりだと思っていたが認識を改めた。
三年A組の教室では麗が車イスで段差のある場所の苦労を実演していた。
『あら、知香さん。お待ちしておりましたわ。』
麗がいつに無く生き生きしている。
『ここで生徒会の白杉さんに車イスの体験をお願い致しますわ。』
麗が空いている車イスに座る様促した。
車イスを押す大変さは経験して分かっているが自分が車イスに乗った事は無い。
座ってみるといつも麗の見る景色はこういうものかと感じた。
自力で車イスを動かすと、真っすぐは普通に進むが上手く左右に曲げられない。
さらに段差を模したブロックでは立ち往生してしまいかなり汗をかいた。
『麗さんの大変さが少しだけ分かった気がします。』
本当に少しだけだが麗だけで無く障害を持つ人に対する気持ちを知れたのは知香にとって大きな出来事となった。
『それにしても白杉さん凄い人気ね。』
文化祭初日が終わり、生徒会室で反省会の冒頭から矢沢しのぶに言われた。
『性同一性障害の中学生なんてまだ全国でもあまり居ないのに生徒会の書記になっちゃったもんだから保護者や卒業生たちがひと目見たいって騒いだんです。』
『書記になった事で箔が付いたのかな?来年生徒会長になったらもっと大変な事になるだろうね。』
しのぶの言葉に飲んでいたペットボトルのお茶を吹いた。
『そんな?私は会長になんてなりませんよ。』
『そうかな?それだけ人気がある訳だし、話も上手いから会長になっても充分務まると思うよ。』
変にしのぶに期待され、先行きが不安になった。
『自分の思っている事をみんなに伝えるのは少しだけ勇気を出せば良いんだよ。』のセリフは好きです。
勇気を出すって難しいですけどこうちゃんも頑張って欲しいです。
今日で平成は終わりますがご購読ありがとうございました。
令和になっても知香たちを宜しくお願いします。