文化祭の主役
知香は生徒会の腕章を腕に巻いた。
文化祭での生徒会役員の仕事は参加する部活動と全クラスの見回りである。
実際に全ての出し物を体験してみるが、他の生徒や来校者と違うのは違反行為があった時に指摘をしてマイナス評価をする事だ。
実際はほとんど違反に値する行為は無いのであるが、自分の好き嫌いに拘らず全てを回るのは役得でもあり面倒な仕事でもある。
知香はプログラムとチェック用紙を挟んだバインダーとカメラを持って生徒会室を出た。
『お仕事の邪魔になるかな?』
小田がカメラを担いで廊下を歩く知香を撮影しながら同行する。
『結構小さい子供も来ているから気を付けて下さい。』
生徒会の腕章を着けて歩くだけでも目立つのに、同時にテレビカメラを持った小田が居る。
何事か分からず小学生がカメラを目当てに着いて来るので大名行列みたいになってきた。
(逆に自分が取り締まりを受けそう。)
なるべく目立たない様にしたいが小学生の数はますます増える。
最初は二年生の教室に行ってみる。
A組は手作りのゲームセンターだ。
『書記の白杉さん、どうぞいらっしゃいませ!』
文化祭で腕章の力は偉大だ。
二年生の先輩から声を掛けられて恐縮する知香だったが、小学生に人気がありそうなので付いてきた子供たちを振り払う事が出来そうで最初に二年A組に入ったのはラッキーだった。
知香は木組みのパチンコ台でプレイしてみる。
『これを作ったのはどなたですか?』
知香が聞くと、青木という男子が手を上げた。
彼の発案でゲームセンターを始めたらしい。
『よく出来ていますね、楽しいです。小学生の来場も多いのでケガには気を付けて下さい。』
大きなバネを使っているので挟むと結構痛い筈だ。
チェックが終わり、並んでいる小学生を尻目に次の教室に向かう。
二年B組はお化け屋敷だった。
中に入って、暗い通路を進むと途中でいろいろ仕掛けがある。
シーツを纏った白塗りのお化けに扮した生徒が驚かすが正に子供騙しで怖くない。
ただ、あまり本格的にやられると小学生がパニックを起こす事もあるのでこの位がちょうど良いと思う。
『特別問題は無いです。頑張って下さい。』
二年B組には加藤恵美も居る筈だが、お化け屋敷は裏方の方が多いので分からなかった。
次の二年C組はメイド喫茶だ。
『いらっしゃいませ。』
小田と共に席に着くと青が基調のメイド服を着てオーダーを取りに来たのは松田弘樹だった。
『松田さん!似合ってます。』
松田は以前よりだいぶにきびが少なくなっている。
『ウチがメイド喫茶やるって決めた時、真っ先に是非やらせてって言ったんだ。お世辞だろうけどみんなも可愛いって言ってくれたよ。これも白杉さんのおかげだよ。』
その笑顔はお世辞抜きに可愛かった。
ジュースを飲み終わり、生徒会室に戻る。
見回りを他の役員と交代して生徒会室への来客にお茶を出したりする役目をこなす。
生徒会室は他の教室の様に派手な装飾はしていないから保護者など大人向けの休憩する場と化している。
『どうぞ。』
『あなたが白杉さんね?白杉さんにお茶を淹れてもらうなんて嬉しいわ。』
保護者からもかなり注目されている様である。
『ねぇねぇ、ちょっとこっちに来て。』
誰の母親かそれとも近所の人か分からないが手招きされ、その女性の隣に座る。
『可愛いわねぇ〜。ホントに男の子なの?』
正確には男の子なのであるがあまり露骨に言われるのは心外だ。
さらに質問攻めに遭うが、しのぶが救いの手を出した。
『すみません、他の仕事がありますので。』
なんとか逃げられた。
『会長、ありがとうございます。』
しのぶに耳打ちでお礼を言う。
『別に良いわよ。それより自分の教室に行く時間じゃない?』
時計を見ると11時を回っていた。
『あ、すみません。』
慌てて生徒会室を後にして教室に向かう。
(なんか忙しいな。)
知香が一年A組の教室の前に行くと、物凄い人だかりが出来ていた。
『これじゃ入れないよ。』
『あ、ともち。こっち!』
雪菜が人混みを掻き分けて迎えに来た。
『あ、主役が来た!』
『待ってました!』
突然の歓迎に戸惑うばかりだ。
『どうしたの、これ?』
『11時半にともちが戻るからってみんな待っているんだよ。』
ありさのおかげで大混乱になってしまった。
『とにかく教室の中に入らなきゃ。』
変身館は中断して場所を空け、本来の教壇の位置に知香は立った。
教室の中は立錐の余地も無く、廊下にもギャラリーが詰め掛けている。
『こんにちは、白杉知香です。』
教室が歓声に包まれた。
ギャラリーのほとんどが生徒の母か卒業生の様だ。
『こんなに人が集まってびっくりしているんですが……えと、何か私に質問とかありますか?』
本人の知らないうちに勝手に仕組まれたもので何を話すとか考えていないのでQ&Aにする。
『スリーサイズ教えて!』
高校生の男子から声が上がった。
『すみません、ヒミツです。』
(アイドルじゃないんだよ……。)
『お肌のケアはどうしているの?』
今度は生徒の母親の様だ。
『おかあさんと一緒の化粧水と乳液を寝る前と朝にしています。』
『男子と女子のどっちが好きですか?』
これだけは本当の事は言えない。
『まだ恋愛とか分からなくて……ごめんなさい。』
萌絵と恋仲だと知っている雪菜が笑っている。
『すみません、本人困っているのでもう少し本質的な質問にして貰えますか?』
ようやく首謀者のありさが助け舟を出した。
『手術とかはどうするんですか?』
小学生も聞いているので当たり障りの無い様に答えなければならない。
『お医者さんの話では本来は20歳にならないと手術出来ないと言われていますが、戸籍は18歳になれば変更出来ると法律が変わったので高校三年生になったら手術も出来るかもしれないんです。それから戸籍の変更願いを届ければ3週間くらいで戸籍も女性になります。』
面倒なので聞いていない事も話してしまった。
『今日はありがとうございます。私は生徒会の仕事があるのでこれで失礼しますが、みなさん楽しんで下さい。』
知香が質問を打ち止めにして帰ろうとすると小学生男子の手が上がった。
『あ、あの……。』
ここで質問を受け付けない訳にはいかない。
『なんでしょう?』
『来年、三中に入学する予定なんですが、僕も白杉さんみたいに女の子になりたいです。』
その小六男子の質問を今ここで答えるにはちょっと準備不足だ。
『ごめんなさい、ちょっと時間をくれますか?良かったら一時に生徒会室に来て下さい。あと、ここでセーラー服着れるからそこのお姉さんに言って写真撮って貰ってね。後で見せて貰うから。』
本来のこの教室の出し物なのでアピールする。
『良かったら高校生の先輩方もセーラー服着れますから着てって下さい。』
知香は雪菜たちに囲まれ教室を抜け出した。
もう一人、知香の様な小学生が登場しました。




