高木の想い①
ドアをノックして雪菜と知香が保健室に入る。
『あら、どうしたの?』
浅井先生が知香の頬が腫れているのに気付き心配そうに聞いてきた。
『高木に叩かれたんです。』
雪菜が訴える。
『そんな、大げさに言わなくても良いよ。』
『白杉さん、女の子の顔は大事よ。そんな風に簡単に言わない方が良いわ。』
浅井先生は知香を座らせて口の中を消毒する。
『高木くんって白杉さんと同じ学級委員でしょ?一体何があったの?』
『入学した時からだったんですけどともちの事俺は絶対認めねぇって。』
消毒中で喋れない知香の代わりに雪菜が答える。
『それで今日爆発しちゃった訳ね。』
『ともちも引かないからさ。』
ようやく口が自由になって知香が反論する。
『私は高木くんの言う事も分かる気がするし、こういうの想定済みだから。他の子はみんな優しくしてくれるから当たり前に思っていたけど良く思わない人も絶対居るはずなのは分かっているつもりだし。』
小学校の頃にバカにされていた事を考えるとこれが普通だと知香は思った。
『まぁ高木くんは少し異常な感じだけどね。』
浅井先生も高木の事は分かっている。
『でも白杉さんもこのままじゃ学級委員やりにくくない?どうしたいとかあるのかな?』
『麗さんもそうだったんですけど、高木くんも親に反発してるって心の闇みたいなのあるじゃないですか?』
知香は高木が私立中受験をわざと落ちたことを知っているが雪菜は初めて聞いた。
『やっぱりそういう部分って本人の口から聞かなきゃ分からないんです。それで角が取れれば心を開いてくれるんじゃないかと思うんですけど。』
『そうね、でもこれは担任の仕事だから。』
浅井先生は内線電話で木田先生を呼び出し、直ぐに保健室にやって来た。
『ごめんね、陽子。忙しいのに。』
『純子こそごめん。ウチのクラスの問題聞いてくれて。』
二人は同い年とは知っていたがそれにしても仲が良すぎるみたいだ。
『私たち同じ大学でよく新宿で一緒に飲んだりして遊んでたの。黒木先生とかの前でこんな態度取れないけどね。』
(飲み友達だったんだ。という事は浅井先生もコスプレとかしていたのかな?)
中学生の知香には新宿のある一角の魑魅魍魎の世界を知る由は無いけれどネットを通じて少なからず興味を持っている。
『学級委員の二人が仲互いしているのは担任として見逃せない問題だけど高木くんの場合お家の問題もあるし……。』
かなり根深い問題なのは木田先生が言わなくても分かる。
が、私立中に落ちて捻くれた高木と性同一性障害の知香の二人が学級委員でその二人が上手く機能していないのは担任の木田先生の責任でもある。
『私は高木くんが心を開いてくれれば一緒にやっても大丈夫です。』
知香にそうまで言われると木田先生は担任として立つ瀬が無い。
『分かりました。一度三人でお話しましょう。』
木田先生も覚悟を決めたが、おそらく初めて担任を受け持った木田先生にとっては最初の試練だろう。
翌日の放課後、木田先生は高木を呼び出した。
表向きには学級委員二人を呼んだとしているが、実際知香は最初から知っているのである。
『高木くん、昨日白杉さんの顔を叩いたんですってね?』
知香はわざとらしく朝からずっと頬にガーゼを当てている。
『コイツが生意気な事言うから……。』
『先生に言わせるとね、高木くんの方が生意気じゃないかと思うの。』
社会人の先生と中学生の生徒ではそう思うのは当たり前だが同級生同士だと生意気って何だろうと知香は思う。
『先生も初めて担任を受け持ったばかりだから他の先生から見たら生意気とか言われてるかもしれないけどクラスのみんなを理解したいって頑張ってるの。』
知香は木田先生の頑張りを認めている。
『だから生意気って言われるのは嫌だな。高木くんが生意気って言われたらどう思うかな?』
『俺だって……だからそう言われない様に頑張って来たのに……。』
何があったか知りたいと知香は思う。
『高木くんって何かやりたい事とかあるの?』
『俺はオヤジの言う通り医者になりたいとは思っている。けど、人も動物も命を救う気持ちは一緒な筈なのに俺はあの命を救えなかった。』
(あの命?)
『小学四年生の時に子犬を見つけたんだ。飼い主と離れてしまったのか、きゃんきゃん鳴いて可哀想でコンビニで牛乳を買って飲ませたら喜んでさ。』
(意外に優しいんだ。)
『で、飼いたいと思って家に連れて行ったらこんな血統書も無い野良犬なんて飼えないって反対されてやむ無く外に出したんだ。
そしたら……。』
(そしたら?)
『次の日すぐ近くで車に轢かれて死んでてさ、その時コイツを殺したのは俺だって思ったんだ。』
それは凄いショックだった筈だ!
『俺はその時から同じ医者でも動物の医者になりたいと思って勉強したけど案の定オヤジは猛反対だ。その後何が何でも私立中学に入れてやるって言われて……。』
『裏口入学!』
木田先生が[入れてやる]の言葉に反応した。
『そう、名前さえ書けば後は何とでもすると言われた。悔しくて全部の教科の試験名前すら書かなかったよ。』
さすがに名前も書かなければいくら裏口入学といっても操作は困難だろう。
『試験の時間中辛く無かった?』
知香が聞いた。
『お前、変な事聞く奴だな。そりゃ退屈だしイヤだったよ。』
問題を眺めていれば答案用紙に答えを書きたくなってしまう。
それだけの勉強はずっとして来ただろうから逆に何もしないのは苦痛だった筈だ。
知香は高木の男気を感じていた。




