父、帰る
慌ただしく元日が過ぎていってその晩は初夢を見た。
女の子になった知之が学校に行くと
『何?男のクセにその格好。』
女の子の知之を理解してくれたはずみに言われた。
『私たちを騙したの?』
そう言ったのは保健係の美久と神社で出会ったのぞみだった。
そこに何故か雪菜が教室の扉を開けてつかつかと知之の前に現れた。
『私の服、返してよ!』
みんなの前で着ていた服を脱がされ、知之は素っ裸になってしまった。
さらに、目の前に黒川が立ちはだかり
『なんだお前、やっぱり男じゃねーか。このオカマ野郎!』
みんなの前で泣き崩れる知之。
そこで目が覚めた。
(初夢……)
最悪だった。
パジャマ姿で二階の自室を出て一階の居間に行く。
『おはよう、おかあさん。』
『あら、顔色悪いわね。ちゃんと寝れた?』
『女の子で学校に行ったらみんなに服脱がされた夢見た。』
『あらあら、男の子のパジャマだったからかしら?パジャマももこもこの可愛いの買おうね。』
由美子はとりあえず今日揃えなければいけない[知香]の衣服や下着等を考えていた。
なにしろ、突然男の子が女の子になってしまった訳だから着る物が無い。
雪菜やはずみが持ってきた服が少しあるが、それだって親には言ってないだろう。
仕方なく今日は借りるとしても着続ける訳にはいかない。
朝食を済ませ、開店の時間に合わせて二人は出掛けたが、店の駐車場は初売りで既に混雑していた。
『ちょうど良い福袋あるかな?』
ようやく店に入って物色するが、酷い混雑振りでなかなか買い物が進まない。
『大変だね。』
『こんなの当たり前だからね。』
ひと通り買い物を終えると知香はくたくたになったが由美子は楽しそうだった。
『これからも買い物に行く時は一緒に行こうね。』
これも女子として必要な事と母は笑う。
自宅に帰り、それまで着ていた服を脱いで着替えた。
初めて自前の女の子の服だ。
冬なので少し厚手のクリーム色のブラウスにスカート、タイツも履いた。
今日はもう外に出る予定は無いのでカーディガンを羽織るだけにして、頭にはカチューシャを付けて女の子らしさを強調する。
これで帰省先から戻ってくる父を待つ事にした。
『緊張するね。』
『あら?昨日はどうだったの?』
知香にとっては二日続いてのカミングアウトである。
『おかあさんは絶対許してくれると思ってた。』
知香の笑顔が可愛い。
『おとうさんも大丈夫よ。』
『もしおとうさん、許してくれなかったら?』
『その時は二人で家出しちゃおっか?』
二人で大笑いする。
父から駅に着く時間を告げる電話があった。
『車の中でおとうさんには[ともちゃんからお話をしたい]とだけ言うからね。』
と言って母は家を出た。
一人で待っているとやっぱり緊張する。
やがて、車のヘッドライトがカーテンを照らし、両親の帰りを伝える。
『ただいま〜。』
胸がドキドキする。
父が居間に入り、
『知之、話があるって……』
と言いかけて
『何だ、これは?!』
と声を荒らげた。
『おとうさん、私、女の子になりたいんです。』
正座して待っていた知香は俯きがちに、しかしはっきりと父に告げた。
『由美子!これはどういう事だ?』
『ともちゃんの言った通りです。誰にも言えなくてずっと悩んでいたんですって。』
『ですって…お前はいつ聞いたんだ?』
父の声が響く。心臓に悪い。
『私も昨日です。もしかしたらとはずっと思っていましたけど。』
『ごめんなさい。ずっと思ってたけど言えなくて……』
父は絶句し空気が重く感じた。
『学校はどうするんだ?』
しばらく考えこんだ後の質問だった。
『……認めて貰えば、三学期からちゃんと通います。』
学校に行く為に女になるのか、女にならなければ学校に行けないものなのか、父・博之には理解出来なかった。
『学校で男の子と一緒に着替えたり出来ないからって苛められて学校に行けなくなったんです。女の子の格好で学校に行ったらまた苛められるって分かっているのにそれでもともちゃん学校に行きたいって……』
『……ちょっと時間をくれないか?』
博之はだいぶ混乱している様だった。
今まで禄に家の事を顧みず、息子の変化に気付かなかったのは自分の責任かもしれない。
知香が立ち上がって台所に消えた。
少し経ってビールと重箱に入ったおせち料理を持って来た知香はエプロン姿で、博之にコップを手渡した。
『おとうさん、どうぞ。』
慣れない手つきでコップにビールを注ぐ知香。
博之が真剣にビールを注ぐ知香の顔を見た。
その真剣な顔は男では無く女の子にしか見えなかった。
(自分の息子ながら可愛い…)
そう思った瞬間、博之は自分の負けを認めた。
『分かった、負けたよ。本物の女の子に負けない様美人になれる様頑張りなさい。』
由美子と知香はお互いの顔を見て無言で喜び合った。
『ありがとう、おとうさん!』
『それにしても可愛いな、びっくりしたよ。お酒飲む時は隣でお酌してくれるか?』
『おとうさん、セクハラ〜!』
由美子と知香は声を揃えた。
女って面倒くさい。何でこんな面倒くさい生き物になりたがるのか、やっぱり博之には理解出来ない様だった。