田舎の夏休み⑤
上西さんが麗がバスケットを始めた頃を回想する。
『最初は旦那さまが反対していたんだけど最後は折れてバスケットのゴールまで買ったりしてね。』
庭にあったゴールだ。
『始めた時はお嬢さまも全然届かなくて、毎日毎日一生懸命練習してね、ジュニアと一般とで高さが45センチも違うのに、4年生の頃には一般と同じ高さで練習する様になったんだよ。』
『昔の話ですわ。』
照れているのか、事故の事を触れられたく無いのか麗は無関心を装っている。
『でも事故があって僕も家に出入りし辛くなってね。植木の手入れを頼まれても他の人に回していたんだけどある時中野さんから連絡があってね。』
みんな中野さんの方に目をやる。
『お嬢さまの車の運転手を募集しているからやらないか、否是非お嬢さまが僕に来て欲しいと言って来たんだけど。』
『ワタクシはその様な事一言も申して無くってよ。』
つまり、後半は中野さんの創作だった訳だ。
『それで、僕は旦那さまに土下座して運転手をやりながら庭の手入れや家屋の修繕をやる事になったんだけど。』
結果的にバスケットをやっていた事であの事故にあった訳だが上西さんのせいでは無い。
『中野さんはなんで上西さんに連絡したんですか?』
知香は再び中野さんに話を振る。
『上西さん、お嬢さまの事故の後凄く落ち込んでしまって。お酒ばかり飲んで仕事もしないで籠もってたから……。』
『あの時、中野さんから連絡が来なかったら僕はどうなっていたか分からないよ。中野さんには感謝している。』
中学生でも二人が好き合ってるのは分かるがオブラートで包む様に大人の言葉で逃げているのが焦れったい。
『結婚しないの?』
唐突に言ったのはいずみだった。
ここに居る最年少で唯一の小学生に核心を付かれ二人は目を合わせて顔を赤くした。
『結婚だなんてもう諦めてたし、上西さんとは一緒にお仕事出来るだけで良いです。』
ようやく中野さんの本音を聞けた。
『僕も感謝以上の好意はあったけど、言う訳にはいかない立場だったし……。』
上西さんもやはり中野さんに恋をしていたのだ。
『ごめんなさい。ワタクシ、自分の事しか考えずにお二人が愛し合っているなんて気が付きませんでしたわ。ワタクシからお父さまに申しましょう。』
麗が二人の仲を取り持つ役目を買って出た。
『いえ、それは私から旦那さまにちゃんと言います。』
上西さんは[僕]では無く[私]と言った。
本気の目だった。
『では、ワタクシから二人にお願いがございます。結婚してもウチを辞めずにずっと側に居て下さいませ。』
二人は麗に土下座をする。
『ありがとうございます。一生側でお世話させて戴きます!』
周りの観光客も驚いて立ち止まっていた。
知香たちが拍手をすると周りの観光客も訳も分からずに一緒になって拍手を送っていた。
一行は一度民宿に戻りひと休みしてから再び浴衣に着替えた。
今日は村の祭りがある。
祖母の佐知子や一郎の母の瑞希、一郎も踊りに参加するらしい。
『頑張ってね、写真撮るから。』
『おう。』
知香の励ましに応える一郎。
『頑張って。ここで見てるから。』
『お、……おう!』
はずみの励ましには照れながら力強く応えた。
『愛の力は凄いね。』
優里花が冷やかすがうわの空の様だ。
『ねぇ、ひんのべ汁貰って食べよ!』
『何?ひんのべって。』
知香がみんなを案内して行列に並んだ。
屋台にはひんのべ汁無料サービスと書いてある。
『お切り込み?』
使い捨てのお椀を手にした雪菜が中身を見て知香に聞いた。
『お切り込みもひんのべも小麦粉を使った郷土料理だから一緒かもね。小麦粉を伸ばして入れるからひんのべなんだって。』
『美味しい!』
いずみが気に入ってくれた様だ。
ステージでは名前の知らないアイドルが歌を披露しているが、その後に子ども神輿や和太鼓の披露があり、いよいよ一郎たちの出番である。
佐知子たちは地区毎に集まったチームでの参加だが、一郎は中学生チームで参加する。
『チカ、上手く撮ってね。』
『はいはい。』
はずみにも困ったもんだ。
祭り自体は去年までも見に来たが、一郎が踊るのは初めてなので知香も楽しみにしていたがこうも当てられると萎える。
踊りはグループ毎に会場を練り歩き、一郎たち中学生チームもやって来た。
『いっちゃん、頑張れ〜!』
急に一郎だけ知らない女子たちから声援を浴びた為他の踊り手の中学生から睨まれる。
(やり辛そう……)
知香はファインダーを覗きながら困り顔の一郎を憐れんだ。
踊り終わって一郎が知香やはずみたちの所に戻って来ると、一郎と一緒に踊っていた中学生が数人くっついて来た。
(面倒だな。)
『なんだよ一郎、ずいぶんモテモテじゃん?』
男の子のうちの一人が馴れ馴れしく言った。
『こんばんは、みなさんいっちゃんのお友だちですか?』
知香が返した。
たぶん去年まで男の子として祭りに来ていたのは分からないだろう。
『そうだよ、俺たちにも紹介して欲しいな。』
『あのぅ〜、私たちいっちゃんを女装させる会なんです。ほら。』
知香が一郎の女装写真を見せる。
『これ、君じゃないの?』
『私、いっちゃんの従兄弟で私も男の子なんです。去年も来てたんだけど。』
『え?』
もう一度写真を見てみる。
一郎と知香が女同士のツーショットで写った写真をよく見ると、なるほど微妙に違う。
『後、ほら。』
知香は一年前の祭りで撮った男同士のツーショット写真も見せた。
『ホントだ。』
『あなたも女装してみない?仲間になって欲しいな〜。』
知香が男の子に顔を近付けると男の子は後ずさりをし始める。
『……え、遠慮しておきます……。』
男の子たちは立ち去った。
『ともち凄い。でもあんな事言って大丈夫なの?』
ありさが感心して言った。
『だって、全部ホントの事だし。まぁ学校が始まったらいっちゃん大変だろうけど。』
一郎たちの学校の2学期は8月21日から始まる。




