田舎の夏休み④
『恥ずかしいですわ。』
木立ちの中を突き進むリカルドの背中で顔を赤らめる麗。
夏休み中の観光地なので親子連れや外国人観光客が多く歩いている。
『ダイジョウブ、ワタシはハズカシクナイデス。』
『ンもう……。』
困り果てる麗を知香や雪菜たちは後ろから追って歩いている。
『なんかあの二人、良い感じみたい。』
『歳は離れているけどね。』
実際、リカルドは15歳の麗とは10歳差の25歳である。
今は中学生なのでかなり大人に感じるだろうが可能性は無くは無い。
恥ずかしそうにしながらリカルドの背中に寄り掛かる麗も満更でも無さそうだ。
入苑料を払い苑内に入ると階段があるが、リカルドは軽々と上って行く。
『リカルドさん、大丈夫ですの?』
『ウララサンカルイカラヘイキデス。デモキノウヨリスコシオモイデスネ。』
『まっ……昨日お肉食べ過ぎただけですわ!』
『ジョーダンデス。』
後ろで知香たちが笑っている。
『お猿さん居た〜!』
いずみが指を指して叫んだ。
『ダメだよ、いずみちゃん!指を指すと攻撃されてるって思った猿が逆に攻撃してくるから。』
知香の指摘にいずみは慌てて手を引っ込める。
『地獄の猿ども、なかなか手強いのう〜。』
なんの真似だか分からないが周囲を和ますいずみ。
『温泉入ってる!潜って遊んでいるみたい。』
猿は風呂に入って潜ると直ぐに上がっている。
『夏なのに温泉ってなんで?』
いずみは猿の動きを見て楽しんでいるが姉ののぞみは冬場雪の降る中で温泉に浸かる猿のイメージしか無かったので不思議そうに見ている。
『あれ、温泉の中に餌撒いてるんだよ。』
知香の説明に合点がいくのぞみ。
『冬に温泉に浸かる猿も見たいですわね。』
夏でさえ車イスも使えないこの場所に来るのも大変な麗だったがすっかりリカルドに気を許してしまったのか冬も来たいと呟いた。
知香は出来る限り猿をバックに入れて仲の良い二人のツーショット写真を撮った。
一郎とはずみも良い雰囲気だし、麗の世話をする仕事をリカルドに奪われた中野さんも運転手の上西さんと束の間の休日を楽しんでいる様だった。
『ほら、ともちたちも撮ってあげるからカメラ貸しなよ。』
萌絵との関係を知っている雪菜が忙しそうに写真を撮る知香と淋しそうな萌絵に気を回して言ってくれた。
振り向くと、一人で萌絵がむくれている。
『あ、ごめん。頼むよ。』
知香が雪菜にカメラを渡して萌絵と並んだ。
『いくよ〜、はいチーズ!』
カメラを向けられ不自然に身構えてしまったため、ありさたちに気付かれてしまったかもしれない。
再び、来た道を引き返し駐車場へ歩いて行く。
『中野さんたちはいつから麗さんの家で働いているんですか?』
道すがら、中野さんと上西さんを捕まえて知香は質問した。
『私は麗さんが生まれる少し前ですから16年になります。最初は配膳人紹介所からのバイトだったんです。』
配膳人紹介所はレストランやホテルで臨時のホール等の仕事が多いが家政婦派遣の仕事もある。
『大学を卒業して丸ノ内のオフィスで仕事をしていましたが結構ブラックで学生時代から付き合っていた人とも別れちゃって嫌気が差して3年で辞めたんです。それで地元でバイトを探して紹介されたのが今井家だったんです。』
『それからずっとなんですか?』
大卒3年後から16年だから41歳くらいか。
恋に破れたとはいえ20代後半から30代の間ずっと家政婦をしていたなんて。
『その間好きな人とか居なかったんですか?』
中学生の癖に生意気だと思ったが気になって聞かずにはいられない。
『次の年にお嬢さまが生まれましたからね。忙しくてそれどころでは無かったです。それでも40歳になったら辞めるつもりでした。そんな時にお嬢さまが事故に遭われたのです。』
辞めようとした矢先の事故だったのである。
『奥さまから住み込みで居てお嬢さまの力になって欲しいと言われて、断わる訳にはいかなくなりました。それからは紹介所を辞めて個人として今井家と契約したんです。』
事故の後麗は相当ショックだったろう。
学校も友だちも信用出来ない状態だったし、唯一の心の支えだった中野さんに辞められたらそれこそどうなっていただろう。
『ワタクシの為に貴重な時間を潰してしまって本当に申し訳無く思っていますの。』
リカルドの背に揺られながら麗が謝る。
『でも上西さんを運転手にと言われた時は驚きましたわ。』
みんなの注目が上西さんに移る。
『そうそう、中野さんが旦那さまに勧めてくれてね。もともと今井の家には出入りしていたんだけど。』
今度は上西さんが語り始める。
『最初は植木職人としてたまに手入れに来ていただけなんだけど。お嬢さまが可愛くて、休んでいるとよく話を聞きに来てね。』
小さい頃の麗を見てみたくなった。
『小学校に上がるちょっと前位かな、僕がバスケをやっていた話をしたらお嬢さまもやりたいって言ってきたんだ。』
麗がバスケットを始めたきっかけは上西さんだったのだ。