作戦会議
知之が初詣に行っている間に母・由美子はパソコンでいろいろ調べまくっていた。
『まず、おとうさんにはちゃんと話しをしなければね。普段ともちゃんの事には無関心だから難しいけど。』
会社が都心にあり通勤時間が長い父・博之とは普段会話する機会がほとんど無い。
その反動か土日は寝てばかりで正月やお盆の帰省以外何処かに行く事も皆無だった。
『まぁ、おとうさんには私が言って聞かせるから慌てなくても良いけどね。』
『病院に行くのは四日しか無いわね。』
『病院……』
『K市の心療内科で性同一性障害の診療受付しているみたいね。Kなら電車で15分くらいだからともちゃん一人でも行かれるでしょ?』
『心療内科でどんな事するのかな?』
『心の病気を診てくれるって言うのかな?昔は危ない人が行く所って言っていたけど、今はいろんな病気があるからね。』
『ずっと通うんだよね。』
知之はちょっとブルった。
『ともちゃんも今は病気で普通に戻るためって考えたら良いわよ。注射打ったりするかもしれないけど慣れなきゃ。』
これから自分が本当に女の子になる為には性別適合手術は避けて通れない道である事は知之自身も調べて分かっている。
でもいざ病院に行く話が出ると気が重い。
『注射に慣れなきゃ…か。』
『中学生位になると女の子はおっぱいが大きくなったりするでしょ?それと同じで男の子もヒゲとか伸びたり声も低くなるの。そういうのを止める為にホルモン注射とかするんだって。』
まだ知之は変声期を迎えていないので女の子並みの高い声である。
『手術もするんだよね。』
『すぐやる訳じゃないのよ。犬や猫の去勢じゃないんだから。』
考えてみたら犬や猫も自分の意志と関係無く去勢や避妊手術をするなんて可哀想な気がした。
『あなたが本当に女の子になって生きていけますって言う事がお医者さんに認めて貰えないとダメなんだって。』
由美子は付け焼き刃ながらサイトで調べた知識を知之に披露した。
知之の方が知っているかもしれないが。
『これからはお家は勿論、学校も女の子で通す事が必要なの。好きな時に女の子になったり男の子に戻ったりなんてダメなの。』
その為にも不登校のままではいけない。
学校に復帰して自分が女の子という事をみんなに認めて貰い、黒川たちにバカにされようが苛められようが女の子で居続ける勇気も必要である。
『病院に行ったらその後学校でちゃんとお話出来る?』
母も自分の為に一生懸命になってくれている。
だから頑張らなきゃ。
『うん、おとうさんにも先生にもちゃんと言うよ。』
『後ね、凄くお金が掛かるけど中学生のうちはバイトは禁止。その分家のお手伝いをちゃんとする事。』
今までほとんど家事手伝いはした事が無かった。
『女の子ならお料理とか覚えなきゃね。なんだったらメイド服着ても良いから。』
母のメイド服というワードに知之は一瞬釣られかかった。
(やっぱりああいうの好きみたいね。)
由美子は心の中でほくそ笑んだ。
『分かった。頑張る。』
『名前はどうしようか?』
『おとうさんに聞かなくて良いの?』
『良いんじゃない?文句言ったらまだ変えても良いし。』
完全に主導権を握るつもりだ。
『やっぱりともちゃんってずっと言ってたし知の字を付けたいわね。』
雪菜も[ともち]と呼んでいるからその方が良いと思う。
『ともこ、ともみ、ともよ……ともか。』
『ともか、良いかも?』
『ともかで良いの?』
そんなやり取りで知香(仮)という名前に決めた。
『これからは自分の事を[ボク]とか[オレ]とか言っちゃダメよ。言葉遣いも女の子じゃなきゃ。えっと後は着るものね。明日おとうさんが帰って来る前に[しまむろ]に行こうね。』
自分が思っていたよりやる事がたくさんある。
これだってまだ第一歩でしかない。
『さ、明日は決戦よ。早く寝なさい。』
知之自身としては今日も決戦だったと思いながら元旦の夜は更けた。




