お悩み相談 加藤恵美の場合
翌週、火曜日に2年B組の加藤恵美が保健室を訪れた。
『失礼します、加藤です。』
恵美は知香とほぼ同じ身長で中二としてはやや小柄だ。
ショートカットの髪で見るからにボーイッシュなイメージだがそれでも可愛い顔をしている。
『いらっしゃい。こちら1Aの白杉さん。』
浅井先生が知香を紹介する。
『はじめまして、白杉知香です。』
『こんにちは、加藤……です。』
下の名前を言い掛けて止めたのはやはり女の子の名前が嫌なのであろう。
『白杉さんの話はいろいろ聞いています。』
知香は恐縮すると共に浅井先生が麗の事や萌絵との関係を話しているかと思い少し心配になった。
『あの、加藤さんは男の子になりたいんですか?』
知香が先に恵美に聞いてみた。
『男の子って言うか、なんでスカートを穿かなくちゃいけないのかなって思うよ。中学生になって制服着なきゃならない上に胸は勝手に出てくるし毎月生理は来るしなんか嫌な事ばっかり。』
まだ男の子の方が自由なのかもしれない。
『白杉さんって行動力あるよね。僕んちは親がいつも女の子らしくしろってうるさいんだ。』
恵美は自分の事を僕と言っている。
『教室ではなるべく僕とは言わないよ。みんなに変な奴だと思われるから。だからたぶんクラスの人は誰も知らないと思う。あと、普段家ではスカートはほとんど穿かない。だから土日はなるべく外に出ないんだ。』
まだこの状態で学校に来ているだけ凄いと知香は思った。
『学校に来るの嫌じゃないですか?』
スカートを穿かなきゃいけないと言うだけで不登校になる生徒も居る筈である。
[知之]はその逆の悩みで不登校だったので気になっていた。
『学校行かないからって解決しないし。』
『強いんですね、私なんか学校行けなくなっちゃったし。』
自分の経験を重ねて恵美に感心する。
『結局、加藤さんは将来はどうしたいと思うの?』
浅井先生が聞いてみる。
『手術したい気持ちはあります。だけど親から貰った大事な身体にメスを入れたくは無いからこのまま今の自分を受け入れようと思います。』
そういう選択肢も悩み抜いた上での大事な決断だったと思う。
何がなんでも手術をして女性の戸籍を手に入れたいと思う知香は心の中で両親に詫びた。
『高校は私服か制服でもスラックスが選べるところに行くつもりです。』
最近は徐々にではあるが性別に関係なくスラックスかスカートを選べる高校も増えている。
それで満足とは言えないが彼女なりに妥協して生きていくと決めたのだろう。
そんな恵美を応援したいと思った矢先、知香は閃いた。
『この学校でもたまには男子の制服を着てみたいとか思いませんか?』
突然知香の質問に恵美はきょとんとしていたが、浅井先生はなんとなく察しがついた。
『白杉さん、あなたまさか?』
知香は軽く頷いた。
『松田さんと加藤さんの服を交換して貰うんです。それを私が撮影するっていうのはどうでしょう?』
『撮影も?白杉さん写真部ですもんね。』
二人の服を交換するまでは浅井先生も考えていたが知香はその一歩先を行くものだった。
『形に残すことが大事だと思うんです。』
と、知香は自分のスマホを出してロリータ服を着て萌絵と顔をくっ付けた仲良し写真を見せた。
『…この子は?』
驚いた恵美が聞く。
『隣のクラスの八木さんという子です。私、この子と付き合っているんです。』
浅井先生は二人の関係を聞いて知っているとはいえ、写真を見せられて呆れた顔をする。
『白杉さん、誰にでも軽々しく言わない方が良いわよ。』
『大丈夫です。原田さんと志田さん、今井先輩だけには言いましたが三人とも口は堅いし特に大事な人だから。』
『僕は良いのかい?』
恵美は知ってはいけない秘密を聞いてしまった様で恐れている。
『加藤先輩だって人には言えない悩みを教えてくれたじゃないですか?おあいこです。』
知香が笑う。
浅井先生は知香の事を
(なるほど、こうして白杉さんは人の懐に入っていくのね。)
と評価した。
『まずは美久にも手伝ってもらうとして……あ、森田先生にも許可取らなきゃ。』
『白杉さん、いったい何をする気なの?』
『文化祭で展示する私のテーマにするんです。そうすれば堂々と教室や廊下で撮影出来るし。』
なんか大掛かりになってきた様だ。
『あくまでも加藤先輩も松田先輩も私がスカウトしたモデルですから、不安になる必要は無いですよ。』
『モデルって……。』
恵美は戸惑いを隠せないが知香は止まらない。
『加藤先輩、お隣の2年C組に松田弘樹先輩という男子が居るんですけど、松田先輩は[スカートを穿きたい男子]なんです。私、お二人が交換した制服姿の写真を撮りたいんです。』
余計に恵美は理解出来ない。
『題して[チェンジ]。私ならではのテーマだと思うのでぜひ協力お願いします。』
浅井先生も恵美も知香のペースに完全に飲み込まれてしまった。




