校外学習
校外学習の日がやってきた。
学校から各クラス毎に一台づつの貸切バスに乗り込んで群馬県の富岡製糸場に向かうが、高速道路に入ってしまえば30分で着いてしまう。
知香たちは短いバスの旅を楽しんだ。
バスを降りると、駐車場に大きなカメラを担いだ小田が待っている。
小田は担任の木田先生に挨拶をして知香の前に来た。
『今日は宜しくね。』
『おはようございます、宜しくお願いします。』
事前に今日の校外学習から撮影をスタートすると伝えられてはいたが、いざカメラを目の前にすると身震いする。
クラスメイトで同じ班の雪菜、のぞみ、ありさ、それと清乃には事前承諾を貰ったのでなるべく同一行動をする様に指示がありバスガイドの先導で駐車場から門まで歩いて行く。
『田舎って感じだね~。』
知香たちの住むF市とさほど離れてはいないけれどかなり寂れた感じの街並みである。
旧富岡製糸場と書かれた門を抜けると、正面レンガ造りの建物が見えた。
『あ、レンガだ。』
明治時代の建物を調べるという萌絵たちのグループの為に写真を撮っておく。
『でも富岡製糸場ってF市のレンガ工場が出来る前からあったみたいだよ。』
アーチになっている真ん中の部分を見ると明治五年と書いてある。
富岡製糸場はフランス人の監修によって設計され、レンガは良質の粘土が産出する今の群馬県甘楽町に作られた窯で作られたそうだ。
『富岡製糸場は縦横を交互に重ねるフランドル積みが取り入れられています。』
ガイドさんが説明してくれた。
ガイドさんの話を聞いている時もカメラは回っている。
真剣な表情を崩すのもままならない知香である。
製糸場を出てバスで広場のある大きな公園で各々シートを敷いてお弁当を食べる。
知香は普通の弁当箱の他にもう一つ大きい弁当箱を持ってきた。
『これ、私が作ったんだけど、みんな食べて。』
大きい弁当箱にはぎっちり卵焼きが敷き詰めてあった。
『何これ~!』
『おかあさんがね、卵は全ての料理の基本だって言って、毎日朝ごはんの時に作っているの。こっちがお砂糖を入れた甘いの、これがお塩、で、こっちは出汁巻き。』
毎日焼いている成果が出てどれも焦げずに上手く出来ている。
『美味しいよ!でもいったい卵何個使ったの?』
ありさが一つ摘まんで言う。
『朝ごはんにも出したから2パック……。』
『ひぇ~!ともち、いい奥さんになれるよ!』
知香は照れた。
『じゃあともち、代わりにこれあげる!』
雪菜がニンジンのグラッセを知香の弁当箱に載せる。
『きな子自分が食べたくないだけでしょ!』
のぞみが突っ込んだが知香は雪菜のお店で出てくるグラッセが好きだったので喜んで食べる、。
ずっとカメラを回し続けていた小田がカメラを止めて肩から下ろす。
『自然な感じで良いねぇ。食べ物があるとみんな良い顔するよ。』
『小田さんも如何ですか?』
知香が卵焼きを勧め、小田も摘まんだ。
『ホント、美味しい!今すぐ私と結婚して!』
(これなら麗先輩の家でメイドやっても大丈夫かな?)
いろいろ料理を覚えたら女子力がアップ出来ると知香は確信した。
夕方、知香たち一年生は学校に戻ってきた。
(あれ?先輩の家の車だ。)
学校内の駐車場に麗の送迎の為のワンボックスカーが止まっていた。
通常なら授業が終わってとっくに帰宅している筈である。
(どうしたんだろう?)
知香が車を覗こうとすると、車の脇に車いすに乗った麗が居るのが分かった。
『先輩!どうしたんですか?』
『ワタクシ、知香さんをお待ちしていましたの。』
授業が終わっても一年生が校外学習から戻るのを待っていたというのだ。
『明日また一緒に学校に行くのに。』
『ワタクシは知香さんをバカにされて悔しいのです。』
どうやら三年生の間で知香の事を良く思わない生徒から何かを言われたらしい。
『先輩、私は何言われても平気ですよ。』
『ワタクシも自分の事はどのように言われても宜しいのですけれど知香さんの事を言われたのが我慢出来ないのです。』
麗はそう言うが、逆に知香も麗や自分の友だちを悪く言われたら自分は許せないだろうと思った。
『気持ちは凄く分かります。先輩の気持ち、とても嬉しいです。でも私の事なんかより、先輩自身の事をもっと考えて下さい。』
知香は言いながら、麗はこれからどうしたいのだろうか考えた。
好きなバスケは出来ず、クラスで孤立したまま高校に進学したとしてもまた辛い毎日が待っているだけでは無いのか?
知香は自分の目標に邁進しているから少々辛い事があっても大丈夫ではあるが、麗を自分と比較してみるとまったく置かれている状況が違うのである。
『先輩……。』
『はい。』
『私、まだ先輩の事をよく分かっていないみたいです。もっと先輩の気持ちをよく理解したい。先輩の為にもっと頑張りたいです。』
麗と知香の仲がより深まれば一層陰口を叩かれるかもしれない。
しかし、知香は麗に前を向いて生きて貰う為には自分が泥を被る事も辞さない気持ちであった。




