お嬢さまと私④
美味しいお菓子に美味しい紅茶。
何より麗が非常に楽しそうな笑顔を見せている。
学校では見せない顔である。
『この足でペダルも踏めませんし上手く弾けないのですが、ワタクシのピアノを聴いて戴けないかしら?』
4人が頷いた。
中野さんがピアノのカバーを外し、麗をピアノの前に連れていく。
下半身で踏ん張る事が出来ないせいか、力強さは無いが優しいメロディーに酔いしれた。
(絶対この人は根は優しいんだ。)
その音色を聴いて改めて知香は思った。
演奏が終わり、4人の拍手に迎えられ元の位置に戻る麗。
『お父さまはピアノだけやっていれば良かったといつもおっしゃるのです。』
窓の向こうに見えるバスケットゴールを見ながら麗は語る。
『あの、どんな事故だったか教えて貰いませんか?』
差し出がましいとは思ったが、麗から全てを奪った事故の事は知りたかった。
『1年生だったワタクシはバスケ部でレギュラーでしたの。』
それは聞いている。
かなり凄いプレイヤーだったのだろう。
『ですが、1年ですから雑用は他の生徒同様、いえ、妬みもありましたので同級生に結構押し付けられましたわ。』
大変だったんだ。
『忘れもしない9月の新人戦の初戦の前日ですわ。体育館の倉庫でボールを片付けていましたの。その時、跳び箱が崩れて来てワタクシの意識は無くなり気付いた時は病院のベッドに居ましたわ。』
そんな簡単に跳び箱が崩れるとか有り得るのだろうか?
『それってもしかして……?』
知香の前に雪菜が聞いた。
『そう、故意ですわ。ボールを片付ける少し前から、他の1年生の何人かが居なかったですし。』
『それって犯罪じゃないですか?訴えなかったんですか?!』
いつに無く、興奮する知香。
『もちろん、訴えましたわ。でもその時は既にワタクシの身体は元に戻せないと分かっていましたし、チームもワタクシ無しで勝ち上がっていましたからもみ消しをされたのです。』
(そんな事って……。)
『ワタクシは部活の先輩も同級生も先生もみんな信じられなくなりましたの。絶望の淵に落とされましたわ。』
(そんなの辛すぎる。誰も信じられなくなるのも当然だろう。)
『一時は死にたいとも思いましたわ。でも、入院していた時に看護師さんに諦めたらそれでお終いと言われて思い留まりましたの。』
美久があっと声を上げた。
麗を諭した看護師は美久の母・美子だったのかもしれない。
『退院して学校に戻った時、絶対負けたく無いと思いましたわ。意地でも生きてやるって。』
(強い人だ。)
そんな麗を知香はさらに応援したいと思った。
『4月にあなたたちが入学して、男なのに女になりたい生徒が女の子の格好で通うって聞いた時は知香さんの事を軽蔑していましたわ。』
『そうだったんですか?』
知香が急に軽蔑していたと聞いて驚いた。
『ご自分が女の子になりたいからというだけで周囲の方に迷惑を掛けて好き放題している輩だと思いましたの。』
知香は否定しない。
自分自身、常にそう思っている。
『でもあなたの噂を聞いて何故あなたが他の人たちと仲良くされているのか次第に興味が湧きましたわ。』
(その時から注目されていたのか。)
『実際にお会いしてお話をすると分かりましたわ。あなたは素直で真っ直ぐでいつも明るくて、ワタクシとまるで正反対。ワタクシも是非あなたともっと近付きたいと思いましたの。』
『そんな、買い被り過ぎですよ。さっき言った様に私は自分がやりたい事やっているだけですから!』
知香が麗の言葉を否定する。
『そんな事無いよ。ともちはみんなを引き寄せる力があるんだよ。』
雪菜は浅井先生と同じ事を言った。
『そうかなぁ?』
謙遜する知香。
『そう言えば、先程から一言もお喋りしてくれない知香さんの大事なお友だち……』
『……や、八木萌絵です……。』
突然振られ、萌絵はか細い声で答える。
『そう、萌絵さんでしたわね。知香さんと萌絵さんはどの様な関係なのかしら?』
知香は萌絵の顔を見た。
萌絵はこれから知香がどの様に話すのか分かっているので俯いている。
『萌絵と私は付き合ってます。』
雪菜も美久も薄々感じていたとは言え、はっきり言われたので驚いた。
『そ、それって恋人同士って事?』
雪菜が質問する。
『うん……。』
小さく頷く知香。
『可愛くて良いカップルだと思いますわ。ちょっと悔しいですけれど。』
麗も知香に気がある様な発言だったが、半分は冗談だろう。
『あのともちがね。でもともちもやぎっちも親友だし、応援するよ。』
『私もお似合いだと思ってる。やぎっち、男の子苦手だもんね。』
萌絵が頷く。
雪菜も美久も祝福してくれた。
『萌絵さんは知香さんのどんなところがお好きなのかしら?』
麗が問う。
『……知香の……くちびる……。』
一同が飛び上がった。
『ちょ……それは……。』
知香が慌てる。
『あら悔しい、先日ワタクシを抱き寄せてくださった時は唇を奪って下さらなかったわ。』
麗がさらに火に油を注いだ。
『あの時は……!』
知香が弁明しようとすると萌絵が睨み、雪菜と美久が冷やかす。
『ふーん、ともちって結構手が早いんだ。』
『やっぱ根っこは男の子なんだね。』
(萌絵の怒りが頂点に達している!早くこの場を収めなきゃ!)
『二人とも、止めてよ。』
『ともか……』
静かに冷たい視線を知香に浴びせる萌絵。
それを見た麗が笑う。
『ほっほっほっ、冗談ですわ。萌絵さん、ごめんなさいね。本当にあなたたちは良いお友だちのようですね。ワタクシもみなさんとお友だちに加えて下さらないかしら?』
『もちろんですわ。』
麗の真似をして答えたのは美久だった。
笑いでなんとかこの場が収まり萌絵の目もいつも通りになった。
麗の受けた身体の傷も心の傷も一生消える事は無いだろうが、せめて同じ学校に通っているうちは心の傷を少しでも癒やしてあげられたら……そう思う知香だった。