お嬢さまと私➀
翌日、知香たちが学校に来ると、ちょうど一台のワンボックスカーが校門を潜っていった。
よく見かける光景ではあるのだが、今日はいつもと違って知香たちの前で止まった。
運転手が降りて知香たちに会釈をすると直ぐに後部のハッチを上げた。
(今井先輩だ。)
その車が車イスに人を乗せられる構造であった為直ぐに麗だと分かった知香たちはそのまま車イスが降りてくるのを待った。
『おはようございます、今井先輩。』
最初に挨拶をしたのは保健委員で麗の世話をしている雪菜と美久だった。
『おはようございます。』
知香も少し遅れて挨拶した。
『おはよう。原田さん、志田さん。……あら、白杉さん。』
最初から知香に気付いていつもと違う場所に止めたくせに白々しいと思ったが、顔に出さないようにする。
『あなたたち、お友だちだったのね。偶然だわ。』
『あ、はい。志田さんとは幼なじみで原田さんは部活が一緒なんです。』
『志田さんも原田さんもこんな有名人といつも一緒なのかしら?』
朝から強烈な皮肉である。
『確か、今日はちょうどあなたたちが来て下さる日だったわね。少しお恥ずかしい所をお見せするのですが白杉さんにも来て戴けると嬉しいですわ。』
明らかにお前も来いと強制している。
なんで誰もが嫌がる保健委員の仕事を手伝わなければいけないのか?
知香は後ろに居る萌絵の顔を見た。
前日も田口先生に呼ばれ昼休みは話をしていないので萌絵が怒っている。
『あ、あの……昼休みは保健室で浅井先生と打ち合わせがあるんです。』
咄嗟に嘘をついた。
浅井先生になら後で口裏合わせをしても平気だろう。
『ではワタクシから浅井先生にはお伝えしますわ。宜しくね、知香さん。』
麗はそう言って車イスを反転させて玄関に向かっていった。
安堵したのは雪菜と美久だ。
知香が一緒なら自分たちの負担が大幅に減る。
一方で萌絵は二日続けて昼休みに知香と会えず怒りが頂点に達していた。
こういう時、普段おとなしく人前では自己主張をしない萌絵の方が後々めんどくさい。
溜まった不満は一気に知香にぶつけられるからだ。
知香は気が重くなった。
二時限目が終わり、知香と雪菜・美久の三人は麗の教室に向かった。
『ごくろうさま。白杉さん、押してくださる?』
ご指名を受けた。
『ともち、気に入られちゃったみたいね。』
後ろで雪菜が美久に耳打ちしている。
階段に設置された昇降機を動かす先生もいつも一緒では無く、いやいや来ている様な表情だ。
『中学校は慣れました?』
親しげに語りかける麗。
『はい。楽しくやってます。』
『ちやほやされているうちは良いわよね。いろんな人が居るから気を付けなさい。』
麗は友だちとか居ないのだろうか?
分かる気がするけれど。
『特にあなたの様に素直な子は騙されやすいから。』
何かあったのだろうか?
事故との関連も含めて聞いてみたい。
『私、みんなに支えてもらえないと女の子として生きていけないと思います。一人で引き篭もっても意味無いですから。だから思い切って志田さ…雪菜たちに相談したんです。』
初めて雪菜に相談した時を思い出しながら知香は答えた。
『あなた、見かけによらず強いわね。』
昇降機を降り、再び車イスを押していく。
『ここからは白杉さん一人でいいわ。あなたたち、外で待ってなさい。』
トイレの前で雪菜と美久は待つように言われた。
『ちょっ……ともち一人で大丈夫?』
『私たち何しに来てんだか?』
雪菜は知香を心配し、美久はぼやくが知香は振り返って苦笑いしながらトイレのドアを閉めた。
知香が車イスを便器の横に止め、ストッパーを掛ける。
しゃがんで片足ずつ丁寧に地面に降ろして足載せを跳ね上げる。
問題はそれからだ。
自分の肩に麗の両手を回し、向かい合わせに抱いて便器に移動するが、麗の全体重が知香に掛り支えきれずふら付く知香。
普段二人掛かりでやっている事を知香一人でやらなければならないかなりの重労働だ。
『頼りないわね、しっかりなさい。』
麗のふくよかな胸が知香の身体に触れ、良い香りが鼻に憑く。
ようやく便器に座らせた時は知香の額から汗がしたたり落ちていた。
『何やってんの?このままじゃ何も出来ないわ!』
麗のしっ責に、知香はスカートをたくし上げた。
(紙オムツ……?)
黙って知香はパンツ式の紙オムツを下した。
『見たでしょ?中学三年生にもなってこんなの穿いているの。』
『恥ずかしいとか言ってられないの。自分じゃ何も出来ないんだから。』
授業中におなかが痛くなっても急に対処出来ないからだ。
『笑いたければ笑いなさいよ!』
『……尊敬します。』
知香はぼそっと答えた。
『はっ?』
麗が問い返すと、知香が言い直した。
『私、先輩の事尊敬します。誰にも言えない思いを抱えて辛いのに学校に通い続けるなんて。私、誰にも言えなくて引き篭もっていたから。』
『……ワタクシは……。』
麗が俯いて身体を震わせた。
『ワタクシをこんな身体にした奴らが許せないのよ!引き篭もって学校に来なくなればそいつらの思う壺なんだから。来たくなくても学校に来なきゃいけないの!』
麗の事故の時何があったのだろう?
『私……何があっても先輩の味方になります。』
知香が麗を抱きしめた。
『なっ?』
突然抱きしめられ、麗は驚く。
『誰にも言えない辛さ、私も分かるから。先輩が言ってくれるまで待ってます。』
暫く抱きしめられながら考える麗。
『分かりました。』
麗は両手を伸ばし、知香を払いのける。
『白杉さんにはいずれちゃんと言いますわ。でも……』
麗が知香の目をみた。
嘘偽りの無いまっすぐな目だ。
『もう授業始まっているわよ。早くして。』
知香ははっと気付き、恥ずかしさも忘れて麗の下半身を拭き取った。