車イスの先輩
木曜日、今日は初めて保健委員の雪菜と美久が車イスの三年生・今井麗の当番をする日である。
『最近ともちホント悪趣味だよね。』
雪菜は知香が隠れて様子を見る話を聞いて憤慨した。
『ホントなら私が保健委員やるつもりだったんだからね。きな子たちが学級委員に推薦したからそうなったんでしょ?』
自業自得だと知香は雪菜にお返しする。
『まったくもう。』
雪菜と美久は二時間目の授業が終わり、一度職員室で先生を呼び出す。
それから3階にある三年A組の教室に行って麗を連れて行く。
『あなたたち、一年生ね?今日から頼むわね。』
麗が雪菜たちを睨んで不敵な笑みを送る。
雪菜と美久は戦々恐々という感じで震え上がっている。
三階の階段には車イスの昇降機が設置されていて先生が準備をして待っている。
美久が車イスを昇降機に固定しようとするが、初めてなので時間がかかる。
『そんなにもたもたしていたら、次の授業に間に合わないじゃない!』
最初の一喝が出て、びくりとする美久。
『こら、今井。一年生が最初から上手く出来る訳無いだろ。』
先生が咎めると
『あら、ごめんなさいね。てっきり何度も練習しているかと思ったわ。』
なんとか固定をしてゆっくりと昇降機が下がり始める。
『あなたたち、お名前は?』
『1Aの志田雪菜です。』
『1Bの原田美久です。』
昇降機の動きに合わせて歩きながら二人が答える。
『そう、あんたたち、保健委員がまさかこんな事やるとは思ってもみなかったでしょ?』
『……はい。……でも私、母が看護師で患者さんの話とか聞いているので……。』
美久は失言をしない様言葉を選びながら答えた。
『白衣の天使か、原田さんも看護師になりたいの?』
昇降機が多目的トイレのある二階に着き、固定した器具を外しながら美久は言う。
『ま、まぁ……そうです……。』
『私も結構入院長かったけど看護師さんなんて大変じゃない?私みたいな我が儘な患者いっぱい居るわよ。』
我が儘だという事は自分でも分かっている様だ。
階下の踊り場に隠れて知香も聞いていた。
『病気もケガもね、治るものは良いの。でも、治らないって言われたら今までなんの為に頑張ってきたのか、分かる?』
雪菜も美久も答えられない。
『そんな私をみんな笑っているのよ。医者も看護師もクラスのみんなも。』
知香は聞いていて飛び出して反論しようと思ったが、ここは自重した。
先生は3人の話を聞かぬ振りをして昇降機の前で待っていた。
毎度の事だからいちいち言っても無駄なのだ。
知香が階段を上がって3人の後をつけようとした時、先生と目が合ったので会釈だけした。
雪菜が車イスを引いて3人でトイレの中に入ったので中の声ははっきりは聞こえないが、麗がなにか怒っているみたいだ。
聞き耳を立てようと扉に寄ると職員室から名前の知らない先生が出てきた。
『一年生の白杉さんかな?今の時間、ここの多目的トイレはなるべく避ける様に言われて無かった?』
どうやらこの学校の職員は全員知香と麗の事は周知徹底されている様だった。
おかげでただ一つしか無い多目的トイレを待っているだけと勘違いしてくれて変態扱いされずに済んだ。
『このままじゃ次の授業まで間に合わないぞ。』
『あ、まだ大丈夫そうなので、次の休み時間に行きます。』
知香は軽く会釈をして振り返り、教室に戻った。
次の授業が始まり、先生が来ても雪菜は戻って来なかった。
『お、志田雪菜はどうした?』
『先生、志田さんは保健委員で……』
知香が手を挙げて言いかけると
『保健…あ、今日は今井の当番か。それは大変だな。』
隣の美久の所もそんな感じなんだろう。
かなり保健委員にとっては負担が掛かる仕事みたいだ。
雪菜が戻って来たのは10分後だった。
給食の時間となり、雪菜が机を並べた知香に愚痴る。
『この後もう一回行かなきゃならないんだけどヤだよ〜。』
『トイレに入るまでは聞いてたけど中はどうだったの?』
『抱いて車イスから便器に移すんだけど、抱き方が下手だとか、スカートが汚れるとかもう一つ一つダメ出しするんだよ。』
保健委員にならなくて良かったと思う知香。
『ともち〜!今私に保健委員押し付けてホッとしたでしょ!』
さすがに長い付き合いである。考える事がすぐバレる。
『まぁ、きな子も美久もやっているうちに慣れるよ。』
あまり慰めになっていない。
『私にとったら高木と対して変わらない気もするけどな。』
一瞬、高木がこっちを睨んだ様な気がした。
『とりあえず頑張ってよ、昼休みは萌絵ちゃんの所に行かなきゃならないから。』
『ともち〜!』
雪菜は泣きそうな顔で知香に助けを求めた。