新しい時代
『高校を卒業して大学に行ってからもシナノテレビのお仕事をしていたんだけど、その頃地元の観光大使にも選ばれたの。で、この子イベントがあるといつも付いてきてね。』
美人の乙女はテレビへの露出のおかげで地元の有名人になった様である。
『私、その頃から大きくなったら姉みたいになりたいって思っていて、姉が外出していた隙にイベントで使う服をこっそり着た事があったんです。』
奏女も当時の事を懐かしそうに話す。
『その時ってコンビニにちょっと行って直ぐ帰ってきたんだけど。あの時の奏女の驚いた表情ったらなかったわ。』
乙女は笑う。
『それで、姉から知香さんの話を聞いたんです。持っていたほっとワイドのDVDを全部貸してくれて。私、司会の知香さんを毎日食い入る様に観ていました。』
女の子になりたいという思いは乙女の影響だが、乙女にカミングアウトしてからは知香を目標としていた訳だ。
『ママが出てたテレビ、私も観たい!』
楓には昔テレビの仕事をしたという話はしていたが、実家に置きっ放しのDVDの存在を教えた事はない。
『この子、知香さんのお子さん?』
顔は似ているが、子どもを産めない知香に子どもがいるなんて乙女も奏女も思うはずもなかった。
『こんにちは、高木楓です。』
知香は、楓に初対面の人には必ず自分の名前をしっかり名乗って挨拶をする様教育をしている。
『高木先生の連れ子さんって事?先生にも似ているわね。』
楓の目は知香に似た感じだが、鼻が健介そっくりな形をしており、知香が第一印象で楓を自分の子どもにしたいと思ったのはそんな外見的な理由もある。
ただ、顔が健介に似ているために知香が子どもを作れない身体と知っている人からは連れ子とか酷い時には浮気という辛辣な言葉を浴びる事も少なくない。
知香はそんな時には決まって次の様に返す。
『バカ言わないでよ。あの人とは中学の頃から付き合っているんだから。あの堅物に浮気なんか出来る度胸なんてないでしょ?』
執刀した健介の性格などはよく知らない乙女たちだが、堅物という表現には納得した。
『楓はね、養子縁組をした里子なの。産みの親から虐待されて施設にいたんだけど紹介されてうちの子になったんです。』
知香は楓をそばに寄せて髪を撫でる。
SRSを受けても子どもを作る身体にはなれないと考えていたが、この様な方法で自分の子どもを持つ事が出来ると奏女は眼から鱗が落ちた。
『当然、結婚する相手の理解も必要だし、紹介されても上手くマッチングするか分からないから大変よ。それに、自分で産む訳じゃないから。よく母に言われるんだけど、誰が何て言おうが楓は自分がお腹を痛めて産んだ子だと思えって。私もそう思っています。ね、楓。』
『うん、ママ。』
知香と楓には血がつながった親子以上に信頼と愛情で結ばれていると乙女と奏女の目には映った。
『楓ちゃん、DVDあるからここで観る?』
奏女は入院中の退屈しのぎのため昔のDVDを大量に持ち込んでいた。
『うん、観る!』
乙女がテレビにDVDをセットし、楓は高校時代の知香を興味深く観ている。
『私も知香さんの様に、頑張って子どもを作ります!』
奏女に新しい目標が出来た。
『テレビに出ていた頃の仲間?なるほど、それでしきりに知香の話していたのか?』
自宅に帰り、健介の晩酌に付き合いながら知香は奏女に面会をした話をした。
『学会でも研究が発表されているし、いずれはSRSで子どもが作れる身体にする事が出来るかもしれないぞ。』
『そうなの?』
『子宮外妊娠という例もあるし、人工子宮やFtMの患者から取り出した子宮を移植するという研究もされているそうだ。まあ卵子はないから代理出産みたいな状況だし、倫理的にどうかとは思うがな。』
『完全に自分の子って形にするには、FtMの子宮をパートナーのMtFに移植してそれぞれ凍結保存した精子と卵子を着床させれば良いんじゃない?』
『お前、面白い事を考えるな。それだとMtFとFtMのパートナー限定になるし、わざわざそこまでリスクを背負ってやるほどのものか分からないけどな。』
現実的には難しいが、物語の2037年にはそういう問題も解決されているかもしれない。
『楓はひとりで大丈夫なのか?』
『あの一件以来頑張ってひとりで寝るって言い出してね。でもうなされなくなったし、おねしょもしないわ。』
楓はそれまで添い寝をしないと怖くて寝られなかったが、PTAの緊急召集の時から自分で意識を持って問題を克服しようと頑張っているのだ。
『そうか、成長しているんだな。これもみんな知香のお陰だよ。ありがとう。』
健介は知香に頭を下げた。
『健ちゃんがありがとうだなんて珍しいね。』
『そうだろ?俺は堅物だってナースたちにさんざん言われているからな。』
普段知香が美久に対して言っている愚痴がそのままナースたちに伝わっているらしい。
『美久ったらもう。だからいつまで経っても結婚相手見つからないんだよ!』
『ま、あいつも部長に似て口は悪いが後輩思いの良い奴だからな。なかなか結婚する暇はないだろう。』
健介は同級生の美久を頼もしい仕事仲間だと思っている。
『信頼は良いけど浮気とかはしないでよ。』
『こっちから願い下げだ。』
美久を肴に、二人の会話は弾んだ。
『お祖母ちゃん、こんにちは!』
『楓ちゃん、よく来たね!』
土曜日、知香は健介と楓と共に実家に行った。
楓も最初に出会った頃こそ由美子には馴染めずにいたが、もうその様な事はない。
『健ちゃん、戻ってきて初めてのSRSやったんだって?お疲れさまでした。』
健介は由美子に労われる。
『まあ、山梨でもやっていましたから。』
『それがねお母さん、その患者さん、ほっとワイドでリポーターやってた乙女の妹なんだって。覚えてる?』
『ああ、いっちゃんに惚れてはずみちゃんから奪おうとした乙女ちゃん?あの子美人だからね。』
一郎は東信地区への出張リポートの度に乙女から迫られていたが、結局振り向いてはもらえなかった。
『なに、そんな横恋慕があったのか?』
『いっちゃんも鈍感だしずっとはずみにぞっこんだったから空振りに終わったけどね。あの時ははずみも大変だったんだから。』
昔話に花が咲く。
『良かったわね、楓ちゃん。学校でみんなに受け入れてもらえて。』
『これもいずみ先生が頑張ったお陰。良い先生だよ。』
知香ひとりではたぶん頑張れなかったと回想する。
『さっき大森さんちの前通ったら、のぞみちゃんも来てるみたいよ。』
いずみの姉ののぞみは結婚した後も東京で雑誌の編集者として活躍しているが忙しくてなかなかF谷には帰ってこない。
そんなのぞみが帰ってきていると聞いて知香はいてもたってもいられない。
『そうなの?久し振りだから会いに行こうかな。ねえ楓、先生のおうちここから直ぐ近くだから行ってみない?』
『うん、行く!』
由美子と健介を残して二人はあっという間に出ていった。
『ったく、考えるより先に動くんだから。健ちゃん、いつもごめんなさいね。』
『良いですよ。俺は知香のああいうところに惚れたんですから。』
昔と違ってこういう言葉も健介は照れずに言える様になっている。
『あらあら、ごちそうさま。これからも宜しく頼むわね。』
健介はお茶を飲み、軽く頷いた。
ほぼ1年、拙い文章にお付き合い戴きありがとうございました。
結婚式で終わらせるつもりでしたがなんとか美久やいずみちゃんのその後を書けて良かったかな?と思います。
最初の頃の文章を読み返すとずいぶん粗かったし、こじつけもかなりありましたが、なにぶん初めての事なのでお許し下さい。




