愛音の秘密
翌日の放課後、あかりの班の全員となずなと愛音が自宅に集まる事になった。
『今日はお客さまを招くんだからお手伝いしてね。』
『は~い。』
楓は大好きなアリス風のエプロンドレスを着せてもらい、知香はオーブンで自家製ケーキを焼いた。
『こんにちは~。』
『いらっしゃいませ。』
楓は深くお辞儀をしてみんなを出迎える。
『かえちゃん、可愛い!』
あかりに誉められ、楓は照れる。
『お前、まだ包帯しているのかよ?』
太陽の顔の包帯は昨日より面積が増え、まるでミイラ男だ。
『母ちゃんに明日までしてろって言われてるんだよ。』
明日はPTAの緊急召集の日であり、その日まで被害者を強調しようという見え透いた作戦にしか見えない。
『熊田さ、今日はなんてお母さんに言ってきたの?』
太陽が楓の家に行くなどと言ったら母の梨香から猛反対されるだろう。
『祐希んちに行くって言った。』
さやの質問に太陽が答えたが、子どもたちは知香が考えるより空気を読むのが上手い様である。
『さあみんな、上がって。』
知香も楓が友だちを家に招くのは初めてなので嬉しい。
『ともか先生、こんにちは。』
(誰だっけ?)
なずなと一緒に来たという愛音は知香があすなろ保育園で直接担当した園児だと思ったが、思い出せない。
『楓、ケーキ焼き上がったから持ってってくれる?』
切り取ったケーキを皿に盛りトレイに入れて楓に託す。
『熱くない?』
『熱いよ。でも端っこをちゃんと持てば大丈夫。』
トラウマで熱いものに抵抗がある楓に熱くても正しい取り扱いをすれば問題がない事を教える。
楓は不安そうにトレイを運ぶが、無事みんなの元に届けた。
『ママ、出来た。』
『よく出来たね、偉いよ。さ、みんなで食べよ。』
知香も加わってみんなでケーキを食べる。
(太陽くんの包帯って私も昔健ちゃんにやったけどわざとらしくない?)
中学生の時、知香が健介に叩かれて口を切った翌日、知香も頬にガーゼを当てて健介に対峙したが、その時よりかなりオーバーな太陽の姿に知香はくすりと笑った。
『楓、太陽くんにちゃんと言える?』
楓が太陽を自宅に招くと聞いて、知香は楓にちゃんと謝る様に練習をさせていた。
『太陽くん、ごめんなさい。』
楓は深々と頭を下げた。
『太陽くん、楓ちゃん謝っているよ。どうするの?』
愛音が太陽に対応を促す。
『僕も楓の母ちゃんの悪口を言ってごめんなさい。』
(そうか、楓がキレたのは私の事を言われたからなのか。)
『ねえ太陽くん、楓ちゃんのお母さんの事をなんて言ったの?』
(え?この子なんで話題を蒸し返すの?)
なずなの友だちで太陽と同じ登校班というだけでなぜ愛音が一緒に来たか知香は分からないが、さっきからずっとこの場を仕切っている。
『楓の母ちゃんは男だって……。』
『太陽くん。楓ちゃんのおうちに来て楓ちゃんのお母さんを見てどう思った?』
(なんなの、この子?)
ますます知香は愛音の事が分からなくなった。
『美味しいケーキを作ってくれる優しそうなお母さん……。』
太陽はここに来るまで知香の事をごつい男性のイメージをしていたが、それは梨香が植え付けたものである。
『でしょ?こんな優しいお母さんの事をバカにしたら楓ちゃん、そりゃ怒るよ。ね、楓ちゃん。』
『……うん。』
『愛音ちゃんって言ったっけ?ここまで言ってくれてありがとう。でも、楓が太陽くんにした事は良くない事なのよ。』
愛音には感謝するが良い悪いのけじめは付けなければならない。
『私だって同じ様に言われたら嫌だから、楓ちゃんの気持ちを思うといても立ってもいられなかったんです。ともか先生。』
そう愛音に反論され、ようやく知香が気付いた。
『もしかして、大斗くん?』
愛音は在園時に性同一性障害の疑いがあった木下大斗だった。
『はい。なず、ともか先生が帰ってきたの言ってくれないから最初は分からなかったけど。』
『愛音、ごめん。』
なずなのしっかりしている様で少し抜けているところが雪菜に似ている部分だというのは知香もよく理解している。
『太陽くんから楓ちゃんの話を聞いてすぐともか先生の事だと分かりました。』
愛音も知香の結婚披露宴には出ているので楓とは初対面ではないのだ。
『お母さんと相談してだいとの[いと]に[ね]を足して女の子の名前にしたんです。』
良い名前だと知香は思った。
『私の子どもの頃より可愛くてびっくりしたよ。ね、いつからなの?』
『二年生の2学期からです。ともか先生の結婚式の時に楓ちゃんを見て、あの時から自分も女の子になって将来ともか先生みたいなお母さんになりたいと思う様になったんです。』
知香は大斗に関して周りの大人たちが長い目で見守る様にと母の詠美に言ったが、知香自身が大斗の女性化願望を後押ししてしまったのである。
二年生の2学期からという事はなずなたち同級生はみんな知ってはいるが、太陽は愛音が男の子だった過去を知らないのだろう。
太陽だけでなく楓も他の子どもたちも驚いている。
『太陽くん、私の事どう思う?私も楓ちゃんのお母さんと同じで本当は男の子なの。』
一緒の登校班の優しいお姉さんに心を惹かれていた太陽は一番驚いて、首を横に振る。
『楓ちゃんのお母さんは昔は男の子だったかもしれないけど、今は優しい楓ちゃんのお母さんである事は間違いないの。私の大好きなともか先生の悪口を言ったら私が許さないからね。』
太陽は愛音の言葉に頷いて楓に握手を求めた。
『楓、ごめん。……友だちになれるかな?』
『うん、ありがとう。でも私、時々何がなんだか分かんなくなっちゃう事があるから……。』
『大丈夫だよ、楓の病気をみんなで協力して治していこうぜ。』
たぶん父の祐大から受け売りと思われる言葉を祐希が発する。
『みんな、ありがとうね。さ、ケーキ食べて。』
知香は地元に戻って楓にこんなたくさんの友だちが出来た事に安堵して喜んだ。
愛音のお陰で子どもの方は一件落着したようだ。
元気な保育園児の大斗は愛音となっても積極的で快活なお姉さんになりました。
性同一性障害でも10数年後になったらこういう子がいるのかな?と考えています。




