健介のプロポーズ
知香たちは温泉から出て、ショッピングセンターに買い出しに立ち寄り、健介のアパートに到着した。
『あんまり騒がないでね。』
『難しい本ばっかり~。』
健介の住むアパートは、ひとりで住むには広く医学関係の本以外は最低限の家具家電しかなかった。
健介は昨日泊まりなのでもうすぐ帰宅するはずだ。
『せんせいのパパってお医者さんなの?』
『ばか、健ちゃんはパパじゃなくて恋人だよ。』
そんな兄妹のやり取りが可愛い。
『先生は結婚したら子どもほしいの?』
やはり翔馬は知香が元男性という事は知らない様だ。
『そりゃほしいわよ。でも翔ちゃん、男の子が女の子にそういう話を聞く時って聞いた子と結婚したい時に使うんだよ。』
翔馬の顔が赤くなった。
こうして男の子もだんだん性に目覚めていくのだろう。
『ただいま。お、雪菜の子どもたちか。大きくなったなぁ。』
健介も診る患者が子どもの時も結構あり、接し方が上手くなった。
『私が見ている子の中にね、女の子になりたいかもしれない男の子がいるらしいの。』
子どもたちは大人しくテレビを見ている。
『今までにもそういう子いたんじゃないのか?』
『そうなんだけどさ、今までは私が気付いたけど、今回の子は全然分からなかったの。なずが教えてくれたんだけど。』
『子ども同士の目線だから分かる事もあるんじゃないか?』
なずなは雪菜の娘で雪菜がいち早く知香が性同一性障害だと見抜いた訳だし、そういう事もあるかもしれない。
『それより知香、お前の方はどうなんだ?仕事キツいんじゃないのか?』
健介にも見抜かれてしまった。
『うん。園長にも頑張りすぎじゃないかって言われた。』
健介はまだ医者としてはまだひよっこの身なので結婚の話には慎重であるし、いざ結婚となれば今の保育園を辞めてこの山梨に来てもらうか単身のまま離れて暮らすかという問題がある。
『そろそろ限界かな……。』
健介がぽつりと言った。
『なに?別れたいとか言うの?もしかしたらこっちに好きな人が出来たとか?』
長い間遠距離恋愛を続けてしかも相手は子どもが出来ない元男性である。
『そうだよね、健ちゃんに我慢させたの私の方だから。』
『早とちりするなよ。そんな相手いる訳ないだろ。これを見てくれ。』
確かにこの殺風景な部屋に他の女性が訪れる様な雰囲気はない。
健介はパンフレットを知香に渡した。
『里親制度……?』
結婚をしても子どもが出来ない知香のために健介が考えた結論である。
『そうだ、子どもが出来ない夫婦が親のいない子どもなどを自分の子どもとして育てる制度だ。研修を受けたり、実際に子どもを育てる環境があるか審査はあるが、結婚をしていない男女や同性カップルでもなれるらしい。』
健介と知香は普通に結婚する事も出来るが、二人が里親になるには同居が最低限の条件になるだろう。
『出来れば俺はあすなろを辞めてこっちに来てほしいと思っている。ここで数年勉強して、いずれは親父の病院に戻れば再びあすなろで働く事も出来ると思う。』
『これってプロポーズなの?』
健介らしく、二人の将来設計を考えて慎重に出した結論がプロポーズだ。
『ごめん、考えたんだけど、歯が浮く様な事言えなくて。』
知香はここまで自分の事を考えてくれた健介に涙を浮かべて喜んだ。
『……ありがとう。私にも子どもが出来るなんて……。』
『せんせい、どうしたの?』
翔馬となずながいる事をすっかり忘れていた。
『せんせいね、健ちゃんと結婚するの。』
『わぁ、おめでとう!せんせい、ウェディングドレス着るの?』
なずなは雪菜から結婚式の写真を見せてもらってウェディングドレスに憧れがある。
知香が健介の方を振り返ると、健介は頷いた。
『うん。二人も結婚式に呼ぶからね。』
週が明けると知香は園長の尚子に報告した。
『残念ね。ともか先生がいなくなるなんて。でもおめでとう。いつか帰って来るのを楽しみに待っています。』
『ありがとうございます。……それでちょっと気になる事があるんですけど。』
知香はなずなから聞かされた大斗の話を尚子に伝える。
『大斗くんが?そんな子には見えないわね。』
『私も全然気付きませんでした。慎重に探ってみたいと思います。』
幼児の子どもが異性になりたいと思う気持ちは一過性かもしれないしもし性同一性障害の可能性があるとしても無理に止めさせたり異性の格好をさせたりする事はしない。
ただ、両親や回りの大人たちがその可能性を共有する事で将来本人が意思を示した時に対処する準備が出来るのだ。
『みんなに報告があります。ともか先生は、結婚する事になりました。』
『せんせい、はなよめさんになるの?』
『そうです。』
結婚に関するキーワードに反応するのは圧倒的に女の子の方が多い。
『せんせい、保育園辞めちゃうの?』
『みんなが卒園するまで辞めません。』
知香は3月いっぱいで退職し、4月から山梨の保育園に移る予定だ。
『せんせい、ウェディングドレス着るの?』
健介の部屋で聞いた質問をもう一度なずなが聞いた。
これは、知香が大斗がどう反応するか確認するために事前になずなに頼んで質問してもらったのだ。
『着ますよ。とっても可愛いドレス。』
一瞬、大斗が夢見る乙女の表情をしたのを知香は見逃さなかった。




