カメラ女子になろう➀
翌日、知香は美久の家に行った。
美久の父・徹の撮影した写真データを貰うためだった。
『美久も誘おうと思ったんだけど言いそびれちゃって、ごめんね。』
電話でもメールでも連絡手段はいくらでもあるのだからこの言い訳は見え見えだ。
それでも美久は
『良いんだよ、卒業式とかちょっと疲れてたし。』
と気を遣ってくれる。
看護師を目指し、誰にでも優しく接してくれる美久なのに、雪菜と目も合わさないのが悲しい。
『昨日ね、いずみちゃんが突然泣き出したの。』
のぞみの妹・いずみは知香だけでなく美久たちにとっても妹の様なアイドル的存在だった。
『いずみちゃんが?』
『せっかくみんなと友だちになったのに寂しいって。』
美久が四年生になって、のぞみと同じクラスになった時に新一年生のいずみと出会った。
以来、美久は今の知香以上にいずみを妹の様に可愛がっていたのだ。
『だから私ね、中学に行ってもいっぱい友だち作るからいずみちゃんもたくさん作ってって言ったの。』
上っ面だけ人に優しくても友だちにはなれない。
友だちを作る事の大切さと難しさは美久自身良く分かっていたつもりだった。
でも友達を失う辛さは分かっていたのだろうか?
知らないうちに友だちを傷つけてしまったのでは無いだろうか?
美久は自問自答した。
知香やいずみがそんな当たり前で大切な事を教えてくれたのかもしれない。
『私の友だちは美久にとっても友だちだよ。』
雪菜との仲の事だとは美久も分かっていたが、今の美久には答えが出せない。
でも美久はきっと分かってくれる、そう知香は信じていた。
土曜日の朝早く、由美子と知香は自宅を出発してI崎にある祖父母の自宅に向かった。
車を敷地内の駐車場に停め、祖父母の家の玄関に立つと祖母・諏訪和子が出迎える。
『あら~、ともちゃん?』
今日の知香は新たに買ったレースの襟に全体が紺の花柄ワンピースに春らしいピンクのカーディガンだった。
ワンピースはちょっとレトロで清楚な感じで知香も気に入った。
『おばあちゃん、こんにちは。』
挨拶をする知香。
『由美子、どういう事?』
目の前にいるのは孫の知之の様にも見えるが見慣れた姿とは違う女の子である。
『おばあちゃん、私、女の子として中学校に通うの。』
テレビのニュースやドキュメンタリー番組では見ていたがまさか自分の孫が性同一性障害だとは思わなかった。
『おとうさん!』
和子が大きな声で祖父・勝人を呼ぶ。
『どうした?由美子たちか?』
勝人が玄関にやって来て、知香を見た勝人は
『ふーん。』と唸り、納得した様に
『ここじゃ寒いだろ、中に入りなさい。』
と、二人を手招きした。
居間に入りソファーに座った勝人に知香が訴える。
『おじいちゃん、おばあちゃん。私、一月から女の子として生活していて、学校にも行ってます。中学校もずっと女の子で通います。』
和子は眼を開いて絶句したが勝人は冷静だった。
『手術とか、戸籍とかはどうするんだ?』
『手術するの、18歳にならないとダメなんだって。それまで、女の子になれる様におかあさんのお手伝いとか頑張ります。』
勝人も和子もはっきり打ち明けてくれた孫に感心する。
『ともがそこまでちゃんとしているなら応援するよ。』
『名前はどうするの?』
『知香って名乗ってます。』
勝人は息を吐いた。
『知香……男だろうが女だろうが中学校に行くんだ。約束通りに進学祝い買ってあげるから欲しいもの言ってごらん。』
知香は由美子の顔を見て安堵し、勝人の方に向き直る。
『……カメラ…欲しいな。』
勝人の目が突然輝いた。
『知香もついにテツに目覚めたか?鉄子だな!おじいちゃんいつでも一緒に撮影に行くからな。』
勝人は撮り鉄であり、県内外のSLなどをよく撮影しに行っている。
『だから!電車じゃないって!』
知香が否定すると勝人は少し落ち込んだ。
『どんなものを撮りたいんだ?』
気を取り直して勝人が聞く。
『こないだね、友だちと一緒に撮影会したの。友だちのおとうさんが撮ってくれてね。』
知香が美久の父・徹からもらったUSBスティックを勝人に渡すと、パソコンを立ち上げて画像を見る。
『おおっ』
『まぁ可愛い。』
『あらま、どうしたの?』
祖父母だけでなく、母の由美子も感嘆した。
『そう言えばフラワーパークに行くって言ったな?知香を撮ってあげよう。その前にコシダデンキに行って知香のカメラを買おう。』
四人揃って出掛ける事になった。




