してやったり
『白杉知香です、宜しくお願いします。』
『昨日の娘と同じ制服ね。武田美麗よ。宜しくね。』
2日目の技能教習は前日みどりが受けたという女性教官らしかった。
『この先の直線、50の標識が出ているでしょ?出来るだけスピードを上げて、その先に障害物があるから進路変更ね。』
直線といっても教習所内のコースだからそんなに長くない。
昨日初めてハンドルを握った初心者が思い通りの速度を出すのは無理だ。
知香はアクセルを踏み込むが、せいぜい42キロ程度で断念した。
『ふふん。』
美麗の勝ち誇った様な鼻息が聞こえた。
『白杉……知香さんでしたっけ。車はね、男を扱うのと一緒なの。時には優しく繊細に、時には突き放したり。様はめりはりよ。』
単にめりはりと言えば良いのになぜか美麗は男の扱いに例える。
『あなたもまだ男の経験はない様ね。』
あなたもという事は昨日のみどりもそう言われたのかもしれない。
『あら、あなた?もしかして男の子?』
慣れない運転に四苦八苦して返事をする余裕がないが、美麗には分かってしまったみたいだ。
『……そんな事ないわね。ごめんなさいね。』
複雑な思いで教習を終えた。
『初々しくて良かったわよ。次はもう少しテクニックを身に付ければ男はイチコロよ。』
なにを言っているのかよく分からない。
『教官、なんで私の事、男の子って言ったんですか?』
『あら?気に障った?一瞬の仕草がなんとなくだったの。』
助手席でいろいろな生徒を見てきたのだろう、美麗の洞察力は鋭いと思った。
『私、元は男の子だったんです。夏休みに手術をして女の子になったけど教官には見透かされましたね。』
美麗は目を見開いた。
『こういう仕事だから一瞬そう見えただけよ。それ以外は完璧。でも、そっちの方も初心者なのね。私が指導しても良いわよ。』
どこまでが本気でどこからが冗談だか分からない。
『はい、判子。次も頑張ってね。』
終始美麗のペースだった。
知香とみどりが待合室に戻ると、同じ制服を来た生徒が出てきた。
『箕輪さん?!』
入学以来知香に敵意を抱いている箕輪葉月が入所の手続きをして、初回講習を終えたところだった。
『なんであなたたちが?』
『なんでって私はK越だし、ともちは私が行くなら一緒にって通い始めたの。』
葉月も出身中学は違うが、自宅はみどりと同じK越市である。
『なんであなたたちと同じ教習所で免許取らなきゃいけないの?今から解約出来ないかしら?』
『免許を取るのはここじゃないし。』
知香が自動車教習所は免許を取るための技能や学科を学ぶ場所で実際に免許を取るのは免許センターだと突っ込む。
『大体もう適性受けて最初の講習受けたんでしょ?もう無理よ。』
葉月の選択は入所時に払った代金を捨てるか我慢して知香たちとここで免許を取るために頑張るしかない。
『せっかく入所したんだから一緒に頑張ろうよ。ライバルがいた方が張り合いがあって良いんじゃないかな?』
『私はあなたの事ライバルとか思ってないし。目障りなだけよ。』
葉月は2年半同じスタンスである。
『ずっと言いたかったけど、箕輪さんはなんでともちの事そこまで嫌うの?』
『ただ、生理的なだけよ。同じトイレに入ったり一緒に着替えたりって考えるだけで嫌なの。』
『ともち、トイレも着替えも一緒にしていないじゃない?』
1年前に学校に多目的トイレと小さな更衣室が設置され、知香は手術後も葉月に配慮してそこを使っている。
『生理的な思いは私も分かるよ。否定はしない。でも私的には箕輪さんと友だちになって話したら良いなぁと思ってるよ。』
知香はにこりと笑って葉月を見た。
『友だちなんて、なれる訳ないでしょ!』
知香の表情に顔が赤くなった葉月は否定するが、生理的に嫌っていたのは最初の頃だけで、今は意地を張っているだけなのだ。
葉月の友人である瀬里奈が間に入り時間を掛けて葉月を懐柔していて、少しずつ葉月は知香に対する気持ちを変えていたのを瀬里奈の報告で知香は知っている。
『じゃあライバルで良い?それか私のいない土曜日だけここに来る?』
知香は土曜日は長野に行くために教習を受けられないが、土曜日はなかなか予約が取れない。
『分かったわよ。友だちでもライバルでもなんでも良いわ。』
投げやりな態度だが、瀬里奈からはきっかけがあればと聞かされていたのでしてやったりだと知香は思った。
『葉月さん、宜しくね!』
知香はもう葉月さんと呼んでいる。
入所して1週間が経った。
『昨日さ、倉田がお尻を触ってきたの。ホントさいてー。』
学校の教室でも共通の話題に花を咲かせる知香、みどりと葉月を見てクラスメイトたちが驚いている。
『私なんかこのあいだ脇の下触られたよ。そんな事されて運転出来る訳ないじゃない?』
教習が進んでくると結構みんなスケベ教官の倉田の被害に合うそうだ。
『男子にはわざと判子押さないなんて噂だよ。』
今どき直ぐにSNSで炎上しそうだが、教官不足で教習所側で無視しているのか、倉田が根回ししているのかもしれない。
『昨日、美麗教官に相談したらやっぱり所長とかに根回ししているんだって。私、今日あたり倉田に当たりそうな気がするんだけど、作戦を教えてもらったからやってみる。』
知香は、美麗からも倉田をなんとかしたいと言われていて協力する事にした。




