生意気FtM
豊胸手術も無事終わり、翌日は最初の手術の抜糸とダイレーションが始まった。
ダイレーションも辛いとは聞いていたが、今まで散々痛い思いをしてきた知香にはさほど辛くは感じていない。
それより前日の豊胸手術の方が辛かった。
シリコンバッグを腋の下から胸に入れるのだが、筋肉が引っ張られるためにかなり激しい痛みが走る。
『ちーちゃん欲張り過ぎなんだよ。』
『だって、大きい方が良いじゃん!』
痛みに耐えながら、今は包帯で保護されている胸を見る。
さらに1日が経ち、痛いながらも少しづつ元の状態に戻りつつあった。
『ダイレーション終わったの?たまには外に散歩しに行かない?』
京香はほとんど普通の生活に戻っていて、暇をもて余している様だ。
『車イス借りてくる?』
多少の外出は許可されているが、2度の手術でまだ歩くのに不安な知香はアイに車イスを押してもらっての散歩になる。
『私ね、中学の時下半身が麻痺した先輩やきこちんが交通事故で入院している時によく車イスを押してあげてたの。』
アイは本人たちが話したがらない事もあって中学時代の知香と紀子の関係は聞いた事がなかった。
『きこちんが交通事故?』
『うん。その頃は私と生徒会長の座を争っていてね、投票前の演説会の後にきこちんが勢いよく道路に飛び出して車に轢かれたの。でもその事故のお陰でお互いの気持ちが分かる様になったと思う。』
さすがに記憶をなくして幼児退行になった話は出来ない。
『もう一人の先輩もね、中学に入った頃は凄いバスケの選手だったんだけど妬まれて大きな怪我をしたの。お高くて捻くれたお嬢さまでね。最初は一緒の多目的トイレを使う関係でお互いに興味を持っただけだったんだけど、毎朝学校まで車イスを押しているうちに心が通じあってきたの。だから私も車イスに乗せられた気持ち、一度体験したかったんだ。』
知香は麗との出会いをアイに説明した。
『私、ともちと心通じてる?』
『アイは車イスじゃなくてももうとっくに通じてるよ。一緒に来てくれて嬉しかった。』
知香はアイに通訳をお願いしてアイの祖父母たちに会えたのはとても良かったと思う。
『アイ!』
突然、アイを呼ぶ声がした。
『クラ!』
たしか従兄妹のニューハーフの名前だ。
『ニューハーフショーのダンサーをやっているっていう従兄妹の人?』
クラというアイの従兄妹を見ると男性女性を超越した美しさを感じる。
『きれい!』
その美しさに京香も智美も見とれている。
そのまま近くのショッピングモールにあるチェーンのカフェに入った。
『ようやく休みになったから知香に会いに来ただって。』
アイの通訳で話が進む。
『私の友だちって事で凄く興味があって話をしたかったって。3人とも美人でびっくりしたって言ってる。』
『クラさんも凄く美しくて惚れ惚れします。』
知香はタイのニューハーフのレベルが高い事に驚いた。
『パタヤのキャバレーのダンサーでしょ?タイのニューハーフでもトップクラスよ。レベルが高いのは当然じゃない?』
京香は冷静になってそう話したが、自分との差を痛烈に感じている。
『あなたたちも一度ステージに立ってみない?って言ってるけど。』
『まさか、嘘でしょ?』
ニューハーフショーは以前麗やこのみたちとバンコクのキャバレーで観たが、ダンサーのビジュアルだけでなく、パフォーマンスの高さに圧倒されとてもじゃないが一緒に踊ったりは出来ないと思う。
『立っているだけで良い演し物もあるんだって。』
『私も出たいけど無理ね。先に退院して帰るから。この子たちが元気になるまで待てないもの。』
京香はもう直ぐ退院して帰国してしまうのだ。
『私たちもこんな身体だし、立っているだけといっても舞台は不安です。……もし良かったら、来年3人でまたタイに来ようって約束しているので、その時に出させてもらえればありがたいです。』
クラはアイが訳した知香の言葉に承諾し、1年後の再会を約束した。
『私の家族にも会いたいし、いつか日本にも行きたいのでその時は宜しくお願いします。』
『その時は是非私のお店に来てね。ボトルサービスするから。』
京香はクラの来日を心待ちにしている。
クラはそのまま実家に寄るため立ち去った。
『わざわざ会いに来てくれて嬉しかったよ。私も会ってお話したかったし。』
3人は予定より散歩の時間が長くなり、急いでサービスアパートに戻る事にした。
病院に併設されたサービスアパートは相変わらず日本人の患者ばかりだが、夏休みのせいか高校・大学生くらいの若い患者が多い気がする。
『あ?この間の痛い痛いさん?』
声を聞いて手術の後一緒に処置室に並んで寝ていたFtMの患者だと分かった。
『車イスに乗せられなきゃ動けないなんて相変わらず弱々しい様だね。』
『ちーちゃんは一昨日別の手術をしたからなの。』
生意気なFtMに智美が反発する。
『ちーちゃん?お前、知香って名前じゃないのか?』
何故知香の名前を知っているのだろう?
『改めまして、白杉知香です。あなたの名前は?』
『僕は村西陽平。長野の千曲市から来た高校三年生だ。』
如何にも元女子という可愛らしい顔立ちのくせに、なんとも嫌な態度だが、長野から来たという事はテレビを見て知香の事を知っている様だ。
『まさかテレビの司会をやっている知香さまと裸の付き合いをしたなんて光栄だよ。宜しくな。』
裸といっても手術後にお互いストレッチャーの上で寝かされていただけだ。
ますます陽平の言葉に腹立たしく思う知香だった。
台風19号で被害に遭われた方にお見舞い申し上げます。
この回を書いた後に台風19号がありました。
新しいキャラクター、陽平が千曲市から来たという設定になっていますが、私自身高校時代に宿泊した事もあり思い出の場所のひとつです。
1日も早い復興をお祈り致します。




