手術が怖い
早朝、飛行機はバンコクのスワンナプーム国際空港に無事到着した。
早朝到着便にも関わらず入国審査には長蛇の列が出来ているが、アイだけは並ぶ列が違うので先に終わって出口で待っている。
『パスポートは男になっているけど大丈夫なの?』
『前に来た時も平気だったよ。それだけ海外から手術を受けに来る人が多いんだって。』
SRS手術はバンコクが世界では群を抜いているため各国から手術にやって来る。
日本の様にSRSをする事で戸籍の性を変更出来る国が多いので当然タイにやって来る時は変更前の性である。
入国カードの入国目的欄があり、Medical & wellness(医療)の欄にチェックを入れているので知香も智美も問題なく通れた。
荷物を受け取り、税関を出ると知香と智美の名前が書かれたプラカードを持つ日本人女性が待っている。
『こんにちは、白杉と鈴木です。』
『お疲れさまでした。白杉知香さん、鈴木智美さん、それから白杉さんのお母さんとお友だちの宇野さんですね。私は中澤綾音と申します。今回、お二人のアテンドを担当致します。』
綾音はずっとタイにいるようだが、日本人女性らしく日焼けはしていない。
『宜しくお願いします。』
明るい空港のビルを出て駐車場に向かう。
『蒸し暑いわね。』
この時期のバンコクは雨季で東京より3度ほど気温が高く、多湿だ。
その分建物に入るとどこもエアコンが強く、日本から来ると先ずこの温度差に苦労する。
『これから病院のアパートメントにチェックインして、その後病院に行き明日手術をする智美さんは問診と書類の確認、入院の手続きをします。知香さんも書類を確認しますね。』
空港から車で30分ほど走ると病院に着いた。
『ここが病院?』
病院はリゾートホテルの様な外観である。
『病院の上に客室があります。直ぐ近くに日本食のレストランがあって注文をすれば届けてもらえますよ。』
病院の中も広く、きれいだ。
『こういう病院なら安心ね。みーちゃんママにも写真送らなきゃ。』
やはり自分の子どもがどの様なところで大事な手術をするのか心配なのは由美子も和美も一緒なのだ。
アパートメントのフロントもきれいで、ロビー階には洗濯機もある。
部屋も広くはないが、中クラスのビジネスホテルと遜色はない。
知香と智美は隣の部屋だ。
『手術がなきゃ良いのに。』
知香はベッドに寝転んで言った。
『ともちゃんは一度観光で来ているじゃない?来年はみーちゃんと女の子同士でまた行きなさい。』
知香自身、バンコクは観光をした事があるし明日はアイの実家に一緒に行くが智美は帰国まで全く観光をする予定はない。
手術前後に観光を入れる患者もいるが予算の関係もあるし、術後はまだ観光を楽しむ余裕はないという。
『ちーちゃん。』
隣の部屋から悲壮な顔の智美がやって来た。
『どうしたの、みーちゃん?』
『怖くなってきた……。どうしよう?』
ここに来て不安に襲われている様だ。
『みーちゃん。私だって怖いよ。怖いけど、今までいろいろ辛い思いをしてようやくここまできたんだから一緒に頑張ろうよ。』
部屋の入り口でドアを開けたまま二人が会話していたため、向かいの部屋のドアが開いた。
『なに騒いでんの?うるさくてお尻に響くじゃない?』
歳は40歳くらいだろうか?
智美よりはるかに背が高い元男性の女性のようだ。
『うるさくてごめんなさい。』
『あら?二人ともずいぶん若くて可愛いじゃない?迷惑になるから扉閉めて話しましょ。』
部屋には由美子とアイもいるのでかなり狭い。
『ごめんなさいねぇ~。あら、保護者同伴ってやつかしら?最近の子は羨ましいわね。』
『騒いですみません。こちらの白杉知香の母で白杉由美子と申します。』
『私は河西京香よ。新宿のお店で働いているの。あなたたちは学生さん?』
『はい、高校生です。』
『羨ましいわね。声も自然だし、二人とも変声期が始まる前に治療を始めたの?脱毛とかもしていないんでしょう?』
二人が二次性徴が始まる直前に治療を始めたという事が見抜かれている。
『私なんか水商売しか仕事はなかったし、回りから白い目で見られながら永久脱毛をしてきたから。私たちの世代はみんなそう。ここに手術に来る日本人は多いけど今の若い子たちは幸せね。』
『ごめんなさい。』
『謝る必要はないわ。あなたたち可愛いんだから、お母さんに感謝して手術頑張りなさい。痛いけど自分が望んだ事なんだから。』
『あの……京香さんは手術を終えられたんですか?』
『ちょうど1週間前ね。死ぬほど痛かったし、ダイレーションは辛いし。今も痛いけどだいぶ楽にはなったわ。検査が終わったら一緒にごはんを食べながらお話しない?』
『はい、是非。』
悪い人ではなさそうだ。
智美はお陰で気持ちが楽になり、知香と共に検査を受けに行った。




