ちーちゃんみーちゃん
羽田空港に到着しバスを降りると、都内に勤務している博之が職場から直行して待っていた。
『お父さん!』
知香がカミングアウトをした時、父・博之はなかなか受け入れられずにいたが、もう過去の話である。
『かなり荷物が多いな。』
バスのトランクから出された知香のスーツケースを博之が3階のチェックインカウンターまで運んでくれる。
『3週間どうやって過ごすか考えたら結構いっぱいになっちゃった。』
知香は悪びれずに答えた。
『知香さん!』
3階に着くとすでに智美と母の和美が待っている。
『白杉さん、大変ですが、智美を宜しくお願い致します。』
『言葉とかは知香の友だちの宇野さんがいますし、私はただくっついているだけですから。』
『宇野アイです。父がタイ人で5年前までバンコクに住んでいました。』
『アイさん、宜しくお願いします。』
アイの日本語が上手いので挨拶をしながら和美は驚いたが、一緒に手術を受ける知香と、母の由美子、バンコク生まれのアイが一緒なので安堵した。
『知香さん、私海外初めてだから宜しくね。』
『私だって2度目だし大して変わらないよ。』
前回は成田からの出国で、麗と一緒だったのでプレミアムラウンジにビジネスクラスの利用と贅沢な旅だった事もありあまり参考にならない。
羽田空港の国際線は成田の様には広くはないが、かなりカウンターが混み合っていた。
『時間ぎりぎりだと慌てちゃうから手続きするね。』
寂しそうに見送る博之と智美の母・和美に手を振り保安検査場に向かった。
『男の名前でパスポート作ったけど、もし今度海外に行く時は戸籍が変わるだろうから作り変えなきゃいけないんだね。』
智美は男性としては最初で最後の海外となる。
『智美さんも[TOMOYUKI]なんだね。私と一緒だ。』
智美のパスポートのサイン欄には[鈴木智之]と書かれていた。
『二人ともともちゃんなのね。ちょっと紛らわしいわね。』
アイは知香を[ともち]と呼んでいるが、由美子は普段[ともちゃん]と呼んでいるため、混同してしまうかもしれない。
『アイちゃんは知香さんの事ともちって呼んでいるの?』
智美はアイに聞いてみた。
『クラスみんなともちって言ってる。』
『高校じゃみんなともちだけど中学校ではチカと呼ぶ人もいたね。』
主に知香が卒業した青葉台小出身の友人は[チカ]、雪菜が卒業した坂東小出身の友人が[ともち]と呼んでいるが、紀子の影響で高校ではみんな[ともち]と呼んでいる。
『じゃあ、ちーちゃんで良い?チカの[ち]とともちの[ち]で。』
さすがに直接名前と関係のないちーちゃんと呼ばれた事はない。
『悪くはないね。智美さんはみーちゃんで良いかな?』
お互いをそう呼ぶ事にした。
『じゃあ、お母さんもみーちゃんと分けて呼ぶ時はそう呼ぶからね、ちーちゃん。』
こういう時の由美子のノリは相変わらずである。
『お母さんにちーちゃんって言われるとなんか変な感じ。』
突然違う名前になった気分だ。
『それからみーちゃん、アイちゃん。』
『はい!』
突然由美子に声を掛けられ、二人は身構えた。
『タイに行っている間は二人とも私の事をお母さんと思ってね。遠慮とかはなしだから。』
『ちょっと頼りないけどね。』
知香はすかさず突っ込む。
『そんな事言うとちーちゃんが痛いとか言ってもなにもしないからね。』
たぶん術後は母に甘えなければならないだろうから立場が弱い。
『……ごめんなさい……。』
『素直で宜しい。』
アイも智美も由美子は知香と似た者母娘で楽しい人だと感じた。
『夜の空港ってきれいね。』
羽田空港の国際線は0時を過ぎても発着便があるのでエプロンには色とりどりの飛行機が並んでいる。
『ずいぶんきれいな飛行機ね。』
座席を確認し、手荷物をしまって席に着くと大型のモニターが目に付いた。
『お母さん、飛行機乗るの初めて?』
『新婚旅行で北海道に行った時に乗って以来よ。国内線だからモニターとかないし、こんなにきれいじゃなかったわよ。』
この航空会社では長らく[ジャンボ]という愛称の大きな飛行機が使われていたが、近年新しい型になったという。
『モニターに外の景色が映るんだね。』
飛行機の尾翼上部にカメラが付いているらしく、機体が動き始めると外からの映像がモニターに映し出されていた。
滑走路から飛行機が飛び立つと、眠らない東京の灯りが次第に小さくなっていく。
『夜中なのに明るいんだね。』
『私たちの目的って、旅行じゃないのにこうしているとうきうきしちゃうね。』
智美が言う様に今回は旅行に行くのではなく、目的は手術なのだ。
『良いんじゃない?行く時だけは旅行気分で。』
二人にとっては人生最大の出来事が待っているのだが、知香は一生に残る思い出を存分に楽しもうと思うのだった。
智美ちゃんの名前、智之はうちの次男と同じですがうちはさとしと読みます。




