アテンド説明会
性別適合手術(SRS)を受けるにあたり、患者本人が直接の手配を行なう事も出来るが、病院、滞在中の宿泊、往復の飛行機などの手配を全て代行してくれるアテンド会社がいくつかある。
特に言葉が分からないタイで手術を受けて3週間を過ごす訳だから日本からタイにSRSを受けに行く性同一性障害の患者の多くはアテンドを利用している様だ。
しかし、ネットで患者を集めているアテンド会社の中にはトラブルが絶えないところもあり、知香は慎重に情報を集めて[ロゼマネジメントサービス]という会社に仮予約を入れた。
『手術ってどんな感じなの?』
好美が聞いてきたが、三年生になって知香に集まる質問はこんな内容ばかりだ。
みんな知香がどのように男性から女性になるか興味津々である。
『ちん○んを切り取って余った皮で膣を作る方法と、大腸と直腸の間にあるS状結腸から膣を作る方法があるんだって。私の場合ホルモン治療が長くて皮が少ないから腸から作る事になりそう。』
前者を反転法、後者をS字結腸法と呼ぶが、ホルモン治療が長いと皮が縮んでしまい反転法は困難となる。
『どっちが良いのかな?』
今度は菜々美が聞く。
『S字結腸法の方が感じやすいらしいけど、常にちゃんとケアして清潔にしていないと病気になりやすいんだって。』
『ともち、毎日やりそうだからね。』
みどりがからかう。
『ばか、そんな訳ないでしょ?』
今は中途半端な身体なので未経験の知香にとってはまだ未知の領域であるが、クラスメイトの中にはだいぶ経験者が多いという噂もある。
『まだ先の話だし……。』
知香には無事SRSを終えた後の話だと感じた。
5月、埼玉でアテンド説明会があるというので由美子と共に参加する事になった。
説明会にはMtFが3人、FtMが4人が参加している。
FtMは3人が20代、ひとりが10代でMtFのひとりは30代だ。
『知香さん、久し振りです。』
『智美さん!』
そしてもうひとり、中学の修学旅行の時に新幹線で出会った鈴木智美が母親と一緒に参加していた。
智美は千葉県M戸市に住んでいるため会場のU和は電車で乗り換えなしで来れるのだ。
『はじめまして、白杉知香の母です。』
『鈴木です。宜しくお願い致します。』
智美の母・和美と由美子は初対面である。
法律上は成人となった知香と智美だが、高校生がひとりで慣れない海外で手術を受けるのは親としては不安である。
付き添いで同行するにも金が掛かるが、幸いにも知香はテレビの仕事のお陰で由美子と通訳のアイを連れて行けるだけの予算はあり、同時期の夏休みに手術を受ける智美に一緒に行く事を提案していたのだった。
『本当は私も行かなければならないのですが……申し訳ございません。』
和美は由美子に詫びたが、由美子自身最初はパートの仕事も暫く休まねばならないし、一緒に行く事はないと思っていたので和美の気持ちは分かる。
『お任せ下さい。』
説明会ではタイに入国して手術前後に滞在するホテルの案内や病院の紹介などが話された。
ホテルはサービスアパートと言って、日本でいうウィークリーマンションの様なものであるが、一般の旅行者も利用出来るため、バンコク市内には数多くのサービスアパートがある。
アテンドの基本は往復の航空券、SRSに掛かる費用、サービスアパートの宿泊代金に加え、現地スタッフのサポートがセットになっていて、その他に声を高くしたり豊胸、顔の整形などの手術、ペインフリー(術後の痛み止め)や同行者費用などオプションが追加出来る。
知香と智美は、前もって一緒に仮予約をしていたが、今日の説明会を聞いた上でオプション等を決める事にしていた。
この日決めたのは手術及び滞在の日程と、同行者、オプション手術の予約である。
知香は昔付き合っていた萌絵が小柄なのに巨乳だったイメージがあったためか、大きな胸には憧れが強くて豊胸のオプションを加えた。
他のオプションについては二人共早いうちにホルモン治療を開始していたため声を含めほとんど男性の面影がなく、最小限に留める事にしたため追加はしなかった。
『出来れば顎を少し削りたいって思ったけど。』
智美は172センチと背が高く、顔も面長なのを気にしている。
『下手に手術しない方が良いよ。メイクでなんとかなるし。私もお尻はもう少し大きくしたいなって思ったけど、許容範囲かなって思ったからやめたよ。』
より理想的な身体に近付けたいのは女性として当たり前であるが、手術でかえってバランスを失う事もあり、胸以外は慎重であった。
見てくれよりも先ずは女性として認めてもらう事が大事なのである。
知香たちは夏休みに入った7月21日にタイに渡り、翌22日に智美が、23日に知香が手術を受ける事になった。
これは智美の方が誕生日が早いためと、手術前に知香はアイの実家訪問という予定を入れたためである。
『1日先に女の子になって待ってるからね。』
智美は軽く知香に言ったが、二人共手術の辛さはネットの体験談などで知っていて、いよいよ覚悟の時が決まったと息を呑むのであった。




