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中学生から始める女の子生活  作者: Ichiko
高校一年生編
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ちっちゃい自分

翌日、知香ははずみと共に長野に向かった。


木曜日なので2日後にはテレビ出演の予定だが、まだ出られる状態ではない。


『……ごめんね。迷惑掛けちゃって……。』


『大丈夫。この前より状態良さそうだから安心したよ。』


日曜日に長野から帰った時はまともに会話すら出来なかったのではずみもほっとしている。


『ただいま。』


長野駅では俊之と一郎が二人を待っていた。


『おかえり、とも、はずみちゃん。』


笑顔で出迎える俊之たちに、知香は申し訳なさそうな顔で答える。


『ともがうつ病とはね。』


『ちょっと、あんまり言わないでよ。萩原さんとかにバレたらチカ番組降ろされちゃうから。』


あくまでもテレビ局には風邪の後体調が戻らないという事にしている。


『でもどうなんだ?薬を飲んだだけで治るものなのか?』


『……1週間くらいで効果が出るかもって先生が言ってたけど、よく分からない……。』


なんでこうなったか本人にも分からないのだから薬で良くなるかなんて分からないだろう。


『とにかく、テレビの事は一郎とはずみちゃんたちに任せて、ともはゆっくり休みなさい。』


試験で休んだ時同様、知香の代わりに一郎がはずみと共に司会を務めるらしい。


実家に到着すると、佐知子が待ち構えていた。


『とも、おかえりなさい。』


優しい祖母の顔に少し緊張が解ける。



翌日、自分の出ていないテレビをずっと観る。


『今週も知香さんは体調不良でお休みをしています。』


番組の冒頭、はずみが伝えた。


『今日は知香さんの従兄弟の一郎くんがピンチヒッターです。一郎くん、宜しくお願いします。』


『一郎です。知香さんは夏風邪を拗らせていましたがだいぶ回復をしてきています。今週も大事をとってお休みしますが、来週には回復の見込みなので宜しくお願いします。』


はずみも一郎も司会っぷりが板に付いている。


『アシスタントの田中早苗です。知香さんにはたくさんの応援メッセージが届いています。まずは高校一年生、千曲市のあんずの里さんから。[知香さん、毎週楽しみにしています。早く治って下さい。]小学六年生の今は男子、松本市のわさびさん。[私も知香さんと同じLGBTです。知香さんを見て私も頑張ろうと思っています。知香さんも早く風邪を治して下さい。]他にもたくさんのメッセージが届いています。』


番組宛メッセージはこれまでも来ていて全て目を通していたが、じかに放送で紹介されると心に染みる。


『なんか、嬉しいね……。』


知香はしみじみ思った。



知香はその日の夕方から佐知子の夕食の支度を手伝った。


『ただいま帰りました。』


はずみと一郎が帰ってきた時にはすでに夕食の準備は出来ている。


『おかえり、はずみん、いっちゃん。二人の司会、良かったよ。』


知香はテレビで視聴者の励ましを聞いて勇気をもらっていた。


『俺、司会は性に合わないよ……。早く戻ってくれ。』


一郎の泣き言に知香も少し笑顔が出ている。


『これ、ともちが作ったの?』


食卓には佐知子が作った煮物や天ぷらの他にじゃがいもが入ったオムレツがあった。


『……うん、この前、調理部で評判良かったから。』


『ともちは良い奥さんになれるよ。』


『良い奥さん……。』


はずみに誉められ、逆に知香は考えこんでしまった。


『はずみちゃん、まだともちゃんは不安定だから気を付けてね。』


はずみは佐知子から呼び出され、窘められる。


『普段なら平気な会話でもちょっとしたひと言が気になるみたいだから。』


『ごめんなさい……。』


知香の場合、手術をして戸籍を変えれば結婚も可能だが、だからといって普通の家庭を築けるかという悩みはあった。


良い奥さんというキーワードは以前なら喜んで奮起しただろうが、今の知香には重荷なのだ。


それでも薬の効果もあり、2、3日もすると以前の知香の表情に戻っている感じに見えていたが、周囲は腫れ物に触る様に接していた。


『明日は笠岳に登るぞ。』


急に俊之が言って来た。


正式には笠ヶ岳というこの山は、標高2076メートルで知香が冬によく滑っているスキー場も登山口のひとつだ。


『靴ないけど……。』


2000メートル級の山に登った事がないはずみはもちろん、知香も小学生の時以来なのでトレッキングシューズは持っていない。


『今から買いに行こう。日差しも強いから帽子とかも揃えなきゃな。』



翌日、早めに朝食を摂り、俊之と知香、一郎とはずみはスキー場の駐車場に車を停めた。


『牛がいるね。』


スキー場の草は牧草なので、夏の間だけ放牧されている。


『いつもここから滑っているんだよね。』


知香はリフトの頂上から下方を眺める。


『怖くないの?』


『スキーの時は全然怖いって思わないよ。改めて見ると結構急だね。』


急な坂を登り、舗装された道路に出ると峠の茶屋に到着した。


『きのこ汁だって。』


『ここまで来たんだから頂上まで頑張ろ。帰りも通るし。』


中学の時は陸上部だったはずみより知香の方が元気そうである。


『どうしたの?結構体力あるじゃん。』


『球技大会の練習でずっとバスケやってたからかな?でも早く頂上の景色を見たいって気持ちが強いのが一番だと思う。』


知香は子どもの頃に見た風景を見ればなにかが変わりそうな気がして懸命に登った。


『この岩場を登れば頂上に着くよ。』


岩場にはロープが張られ、まさに最後の難関だったが、4人が登りきった先には360度の絶景が待っていた。


『わぁー、凄い!あれ、北アルプスですか?』


はずみがはしゃいで俊之に聞く。


『そうだ、見事だろう?』


知香は静かに遠くを眺めていた。


『とも、どうした?』


一郎が尋ねる。


『いっちゃん、この景色を見ているとさ、人間ってちっちゃいなって思うよね。私もずいぶん小さい事でうじうじしてばかみたいだって思うよ。』


『良いんじゃね?それが人間なんだからさ。』


さらっと一郎が返すが、知香には胸に染みた。


『私みたいな中途半端な人間でも?』


『ともは中途半端なんかじゃねぇよ。自分を信じろ。』


普段は口数の少ない一郎だが、知香の気持ちをしっかり受け止めて励ましてくれている。


『ありがとう、いっちゃん。私、頑張るよ。』


『あんまり無理するな。て言ってもお前にスイッチが入ったら無駄か……。ま、時々振り返ってみろ。』


やはり一郎は自分の事を理解してくれる従兄弟だと知香は感謝した。

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