治療
ジェンダークリニックに着き、診察を待っていると待合室には夏休みのせいか中学生や高校生が何人か座っていた。
『みんなトランスジェンダーなんですか?』
きょろきょろしながら紀子は俯いたままの知香ではなく由美子に聞いた。
『心の病気の子も結構いるみたいね。』
トランスジェンダーか心の病気かはある程度外見で分かる。
『私も心の病気だったから少し分かるけど、なかなか親や友だちに言えずに生活していました。事故の時、車が迫って来てこのまま死んでもいいって思いました。記憶障害の時からずっとともちが看病してくれたから、立ち直れたんです。』
紀子は知香に感謝している。
『……私、そんな立派な事してない……。あの時だって紀子さんに負けたくなかっただけ……。』
知香が中学時代、唯一落ち込んだのは紀子が事故に遇い、生徒会長立候補を取り下げようとした時だ。
『でも、本当にあの時の事は感謝しているの。だから、いつもの明るいともちに戻ってほしい!』
紀子の声は静かな待合室に響いた。
『あ……すみません……。』
紀子は小さくなった。
『白杉さ~ん。』
看護師から呼ばれ、知香は由美子に付き添われてカウンセリング室に入る。
『ともち……知香さん……頑張って……。』
紀子は祈るように見送った。
『失礼致します。』
『どうぞ。』
カウンセリング室には院長の山田が待っていた。
『ちょっと疲れたのかな?』
山田は笑って知香に話し掛ける。
『ずっと悩んでいたみたいだね。いつ頃からか分かるかな?』
症状が出たのは5日前だが、山田はずっと悩んでいたと言う。
『……高校に入学した……時からだと思います。』
『その前からやる気がない時とかあったかな?』
『……秋くらいから度々ありました……。』
『ふ~ん?毎回ここでカウンセリングをしているけど、特にそんな話はしていなかったよね?』
知香はジェンダークリニックでホルモン投与を続けているが、その都度カウンセリングで精神、肉体面のチェックをしていた。
『……そんなに大した事じゃないと思っていたんです……。』
『知香くんみたいな頑張り屋さんは、つい我慢して嘘を付いちゃうんだよね。』
『先生、嘘って……。』
由美子は知香の嘘の意味がよく分からない。
『お母さん、前にもお話はしたと思いますが、ホルモン投与をすると更年期障害の様な副作用が起こりやすいのです。知香くんも少なからずそういう症状が出た筈ですが、若いし無理をして黙っていたのだと思います。副作用自体はホルモン投与から1年もすると治まるのですが、その間に受験もあったしだいぶストレスが溜まった様ですね。ただ、そのあたりの辛かったという話は知香くんからは聞いていません。』
『それが、うつの原因でしょうか?』
『一概には言えませんが、可能性は高いです。二人だけでもう少しお話を致しますが、暫く坑うつ病の薬を飲んで治療する形になるでしょう。』
『はい。』
紀子が待つ待合室に由美子が一人で出て来た。
『どうでした?』
『やっぱりうつみたい。もう少し知香の事を気にしていれば……。』
『お母さんまで落ち込まないで下さい。それを言ったら私もともちに甘えてばかりで気付かなかったのだから。』
暫くして、知香が出て来たが、さっきより幾分すっきりした顔をしている様である。
『どうだった?』
『……坑うつの薬を1年くらい飲むって言われた……。後、ホルモンは1ヶ月くらい休んで、その間は坑アンドロゲンで対応するって……。』
まだうつとしては初期段階なので薬で完治するとの事だが、女性ホルモンの副作用が原因のひとつなので今後は量や薬の種類を変えて調節するという事であった。
2週間分の薬を処方してもらい、3人は病院を出た。
『お母さん……きこちん……ごめんなさい……。』
先生と話をして少し楽になったのだろうか、今までの様な饒舌とまではいかないものの自ら話す様になった。
『謝る必要は全くないわよ。』
『でも……、私が女の子になりたいって思わなければこんな事にならなかったし、みんなに迷惑ばかり掛けて……。』
『お母さんね、ともちゃんが女の子になりたい男の子だったなんて思ってないわ。本当は最初から女の子だった筈なのにお母さん間違えて男の子に産んじゃったからだと思っているの。だから、謝るのはお母さんの方。』
知香は由美子の話を黙って聞いている。
『ともちゃんに辛い思いをさせてごめんなさい。』
『……お母さんこそ謝らないで……。辛い時はちゃんと辛いって言うから……。一緒に頑張ろう……。』
知香はなにかあった時は一人で考えずに由美子に相談すると言った。
『暫く長野に行く?』
この先、直ぐにテレビ復帰が出来るか分からないが、田舎の自然に触れている方が知香にとっては良いと由美子は思う。
『……うん……。』
知香は翌日、長野に向かう事になった。




