うつ病
翌日の終業式も知香は学校を休んだ。
『先生、私たち、白杉さんの家にお見舞いに行きます。』
『そう。では悪いけど、通知表と書類渡してもらえるかしら?』
担任の曽我先生に書類を受け取り、職員室を出た紀子たちの前に菜々美と瀬里奈が待ち構えていた。
『……私たちも一緒に行きたいんだけど。』
『副島さんはともかく、羽沢さんは大丈夫なの?』
普段つるんでいる葉月たちに知られたら瀬里奈もなにを言われるか分からない。
『みんな違う方向だから電車に乗っちゃえば大丈夫よ。』
『でもこんなに大勢で押し掛けて良いのかな?』
いつもひとりで電車通学をしている好美は大人数で電車に乗る事自体なく、そんな状態で見舞いに行く事に戸惑っている。
『なんとかなるよ。』
紀子は普段の知香の様に答えた。
『結構遠いね。』
O宮から乗り換えなしで行けるとはいえ、1時間は通学時間としてはかなり掛かる。
『なんであんたも付いてくるのよ?』
健介と一緒にいつもは途中で降りる筈の福島もなぜか付いてきた。
『い、いや、知香ちゃんが心配でさ……。』
総勢8人がわざわざ知香のために見舞いに行く事になった。
『なにもないけど立派な駅ね。』
F谷駅に初めて降りたみどりはレンガ風の駅舎に驚く。
『なにもないだけ余計よ。』
『それにしても暑いね。』
太陽がじりじりアスファルトを照らす暑さに少し歩くだけで辛いが、そんな中でみどりは商店街の角のある店を発見した。
『かき氷専門店だって。帰りに寄ろう!』
あまりの暑さにみんななんのために来たか忘れてしまう。
『ここよ。』
知香の家は駅から10分程の商店街を抜けたところにあり、紀子がインターホンを鳴らすが、応答はなかった。
『知香さ~ん!』
大きな声でみどりが呼んでみるが、やはり返事はない。
『いないのかな?』
『そんな筈はないでしょ?』
『まさか、し……。』
瀬里奈が言い掛けたところでみんなから止められた。
『ともちに限ってそんな事ないわよ!』
暫く様子を伺ったが変化はなく、諦めてかき氷店に向かう事にする。
『夜にもう一度行ってみる。みんなには後で報告するから。』
紀子はかき氷を食べながらそう言って健介と共に駅でみんなを見送った。
『なにがあったんだ?』
『高木くんも知らないの?金曜日までは普通だったんだけど。松嶋さんならなにか知っているかも?』
紀子ははずみに直接電話で聞いてみる事にした。
『こんにちは……。ともちの事なんだけど。……夏風邪?……熱は下がったけど様子が?……うん、分かりました。ありがとう。』
『どうだったんだ?』
携帯電話を切ると直ぐに健介が聞いてくる。
『長野に行く途中で熱が出て、夏風邪だったみたいでテレビの方は休んだみたいだったんだけど、その後から様子がおかしいんだって。』
『うつ病かも……。』
『え?』
健介の呟きに紀子が聞き直した。
『あいつみたいに普段明るくて責任感の強い奴はちょっとした病気とかなにかのきっかけで落ち込んでうつになりやすいんだ。』
将来は医者を目指す健介は新聞などで医学的知識を得ている。
『ともちっていつも頑張っていたからね。でもどうなるの?』
健介の推測に納得した紀子だったが、余計に知香が心配である。
『重症でなければうつ病は薬で治せるらしい。ただ、本人がうつだと感じて病院に行かないでいると症状が酷くなる事もあるそうだ。』
『酷くなると……。』
『俺に言わせるなよ。もしそうなったらの話だ。』
うつ病で自殺する人のニュースは紀子も度々聞いているのでつい想像してしまう。
『酷くなる前になんとかしなきゃ。』
紀子は夕方、バイトのためスノーホワイトに行き、雪菜にも相談した。
『そうかあ~、ともちがうつ病ね。あいつ、なんでも一人で背負いすぎなんだよ。』
『雪菜さん、心配じゃないの?』
他人事の様に話す雪菜に紀子が問う。
『だって学校からわざわざ8人も見舞いに来たんでしょ。私なんかが出る幕ないよ。』
『意外と雪菜さん、冷たいのね。もっと心配するかと思ってた。』
紀子は雪菜に失望した。
『だってともちだもん。夏休みが終わればなにもなかったくらいな感じで復活してるよ。』
そう言いながら雪菜の手はスマートフォンで美久に知香がうつ病かもしれないとメールをしていた。
『よし…と。美久ならうつ病の事も勉強しているだろうからね。』
さっそく美久から返事が来る。
『もう、雪菜さんたら。』
平静を装っている雪菜が一番知香の事を知っているのだと紀子は思った。
『お疲れさまでした。』
バイトが終わり、紀子は帰りがけに再び知香の家に寄るつもりだ。
『私も行こうか?』
『一人で行くよ。もう遅いし。』
紀子は自宅へ帰るついでだが女子高生が不必要に出掛ける時間ではない。
『紀子さん。悪いけど雪菜も連れていってくれる?』
そう言ったのは雪菜の母親の沙世だ。
『さっきから見てると普段やらないミスが多くて。ともちゃんの事気になってしょうがないみたい。』
沙世はしっかり雪菜の動きを見ていた。
冷たい態度をしていた筈の雪菜だが、かなり動揺している。
『ありがとう、お母さん。』
『あまり遅くなる様なら必ず連絡してね。紀子ちゃんも。』
『はい、ありがとうございます。』
沙世の許しを得て雪菜と紀子は再び知香の自宅に向かった。




