異変
7月に入り、1学期の期末試験も無事乗り越えた。
その間、テレビの仕事は1週休みとなり、一郎が知香の代役として司会を務めた。
『見たかったな、はずみんといっちゃんが司会しているの。』
『止めてよ、あんな恥ずかしい事。帰ってからもお祖父さんたちに散々冷やかされたし。』
はずみと一郎は1週早く試験を終えていたために前の週はゆかりがはずみの代役として司会を担当している。
『私も今度いっちゃんの代わりにリポーターやってみようかな?』
『もう!』
新幹線の車中、そんな話で盛り上がった二人だが、長野に近付くにつれ知香の言葉数が少なくなってきた。
『チカ、どうしたの?』
『……ちょっと疲れたかな?』
はずみにも知香の具合が悪いのがよく判った。
『待ってて。お祖父さんのところに電話するから。』
はずみはデッキに向かい、俊之に電話をする。
『お祖父さん、長野駅まで来てくれるって。』
戻ってきたはずみが知香にそう話したが、知香の意識は朦朧としている。
新幹線が長野に到着し、俊之の迎えを待った。
『明日、無理そうだね。』
はずみは3週間振りに一緒に仕事が出来ると期待していたが、これは無理をさせる状況ではないため俊之を待つ間にディレクターの萩原に電話を入れる。
『とも、大丈夫か?』
駅の待合室に俊之と一郎が駆けてやって来たが、知香はぐったりしている。
『このまま病院に行こう。』
駆け込んだ病院では疲労が原因の夏風邪だと診断されたが、暫く安静にする様にと言われ、翌日のテレビの仕事はキャンセルする事になった。
『ともちゃん、お粥食べられる?』
祖母の佐知子が知香に声を掛ける。
『うん、ありがと……。』
翌日、知香は祖父母の家で静養し、テレビははずみとアシスタントの田中早苗が司会を務めていた。
自分が出ていないテレビを観ながら、知香は呟く。
『……こんな感じでいつもやっていたんだ。』
昨日は39度近くまで熱が上がったが、今は37度台にまで下がっている。
『ともちゃんはつい頑張っちゃうから疲れたのよ。少しくらい休みなさい。』
佐知子の言葉に胸が染みる。
思えば知香になって間もない小学六年の時にインフルエンザで学校を休んで以来、中学校は皆勤で過ごしていた。
多少風邪気味でも生徒会長という責任感もあって無理に登校した事もある。
知香はテレビを観ながら静かにお粥を啜った。
翌日は新幹線ではなく俊之の運転する車で埼玉の自宅に送ってもらった。
『調子はどう?』
『……うん……。』
朝に計った時は熱は下がっていたが、相変わらず言葉が少なく、はずみや一郎も心配している。
群馬に入り、サービスエリアで昼食となる。
『チカ、釜めし食べよう。』
名物の釜めしは知香も好物である。
『……ごめん、車で待ってる。』
『じゃあチカの分買ってくるよ。ゆっくりしていて。』
はずみの優しさに知香はひとり車の中で涙を流した。
なにか今までとは違う自分がそこにいるのだ。
自宅に帰ると、由美子にただいまも言わずに自分の部屋に閉じ篭もった。
『とも……。』
由美子が部屋に上がると、知香は電気を消して布団に包まっている。
(あの時に戻ったみたい……。)
あの時とは、まだ知之だった小学六年の不登校の事だ。
連休明けの火曜日、知香は学校を休んだ。
翌日は終業式なので残り2日学校に行くだけだったが、そんな状態ではない。
『ともち、休みなの?』
『うん、夏風邪だって。』
学校には風邪だと連絡をしている。
『明日1学期最後だけど大丈夫かな?』
『もし明日も休む様ならお見舞いに行かない?きこちん家知ってるでしょ?』
みどりが提案したが、みんな明日は学校に来るはずだと思っている。
その前にもう二人、心配して知香の自宅にやって来た人物がいた。
この日、一緒に病院で診察を受ける筈だったこのみと姉の麗である。
このみは学校が終わったら上西の運転する車でU和にある病院に行き、知香と落ち合って診察を受けている間に上西が麗を学校に迎えに行き一緒に帰る事になっているが、病院に知香は現れず、携帯で連絡しても返事がない。
病院で先生にも聞いてみたが、予約の変更や取り消しの連絡はないそうだった。
『このみさん、お疲れさまでした。あら、知香さんはいらっしゃらないのですか?』
『今日は来てないみたいです。連絡も取れませんし。』
『珍しいですわね。上西さん、悪いですが帰りに知香さんのお家に寄って下さいます?』
そうして二人は知香の家を訪ねたが、インターホンを鳴らしても応答はなかった。
『如何ですか?』
『返事はありません。もしかしたら学校でなにかあったので遅れて診察に行ったのかもしれません。』
『そうなら宜しいのですが、連絡が付かないのは心配ですわね。』
二人はやむなくメッセージをポストに入れて帰宅した。




