健介の憂うつ
『おはよう。』
毎朝、知香は紀子や学校一緒の方面である美久と駅で待ち合わせをして東京方面行きのF谷始発の電車で登校する。
健介も駅で一緒に顔は合わせるが電車内で知香のクラスの誰かに見られると厄介なので別の車両に乗っている。
『電車の中くらい大丈夫じゃないの?』
細かい事情までは知らない美久が尋ねた。
『いえ、誰が見ているか分からないし、最近の苛めって陰湿だから用心に越した事はないわ。』
『紀子さんが言うと説得力あるよね。』
『美久!それは言わない約束でしょ。』
知香自身は中学時代の紀子の所業については不問にしているが美久や他の友人は若干わだかまりが残っている。
しかし、知香は紀子同様葉月とはいずれ手を取り合いたいと思っていて、紀子の存在は大事であった。
一方の健介は一人別の車両で教科書に目を通しながら知香の事が気になって仕方がない。
『おう、ガリ勉。』
途中のK本から健介と同じクラスの福島徹が乗ってきて声を掛けた。
『おう。』
ガリ勉と言われるのが癪だが教科書を見るくらいしか車内でやる事がないので言われるがまま返事をして目は教科書に向いたままだ。
『高木っていつも勉強してるイメージしかないんだよな。友だちとかいねえの?』
座っている健介に対し向かい合って吊り革を掴みながら立っている福島は健介に尋ねた。
『いねえ訳じゃないけどクラスにはいねえな。』
『面白くねぇ奴だな。好きな女とかいるんじゃねぇの?』
一瞬知香の事が頭に浮かぶが、話相手すらいないクラスで知香との事を知られるのは面倒である。
『いねえよ、女なんて。』
『お前みたいな奴ほど家でスケベな事考えてるんだよな。』
健介も少しはそう思う事もあるがなにしろ好きな相手がまだ女性にはなりきっていない知香なのでそこまでの発想がない。
『そんなくだらない話には付き合ってられん。』
『ホント、お前って面白くねぇな。』
O宮駅に着くと、健介は早足でバス停に向かうが、福島もしつこく付いてくる。
『待てよ、高木。同じクラスなんだし一緒に行こうぜ。』
福島は面白くないと言いつつ健介に絡んでくる。
『俺は面白くねぇんだろ?一緒に行く道理はねぇよ。』
『冷てえな。せっかく友だちになってやろうとしてるのによ。』
『余計なお世話だ。』
バス停に着き、二人は他の生徒が並んでいる列の後ろに付くが、一緒の電車に乗っていた知香と紀子も知らん顔で後から列に付いた。
『あの二人、一年だよな。』
高校生活も2ヶ月近くたったが二、三年生と一年生の区別は雰囲気で分かる。
『ああいうのどうだ?』
『どうだって?』
『お前の好きなタイプだよ。あの二人のどっちが好みだ?』
福島に聞かれ、同じ中学出身と言いそびれてしまった健介は答えに困った。
『分からん。どっちも悪くないとは思う。』
逃げた。
『俺もどっちも悪くないとは思うが、右の目が吊り上がっている方が好みだな。』
右は紀子である。
健介は福島の好みが知香でなくとりあえずほっとしたが、紀子の事も2年間共に学級委員をやった間柄なので福島の様な軽薄な奴は紀子とは合わない筈だと思っていた。
『ああいうタイプは男を見る目が厳しいんじゃねえか?』
『なんだお前、ずいぶん女を知っているみたいな口振りだな。』
知香たちと健介たちの間には4人別の生徒が並んでいるが、福島の声が大きいので会話は全て丸聞こえだ。
『なんか私たちの事話してるみたいね。』
『健介くんの隣の男子、きこちんの事好みとか言ってるよ。』
紀子は困惑した表情を見せた。
『ばか、俺たちの話聞こえてるぞ。』
『ホントの事だ。俺は良いと思ったら直ぐに告白してるし。』
そう言って誰かれ構わず告白しては玉砕している様だし、こういう輩は付き合っている相手がいても直ぐに別の女性に手を出す様な気がすると健介は思う。
『慌てるな。実は俺、あの二人と同じ中学だったから近いうちに連絡着けてやる。』
健介は知香と紀子に聞こえない様に福島に耳打ちした。
『なんだお前、今までそんなだい……。』
空気の読めない福島は大きな声で途中まで言い掛けたので健介は慌てて福島の口を塞いだが知香には分かった。
『ばか。』
学校では携帯電話は使えないので連絡は取れず、放課後になって連絡が来た。
[高野と話がしたいって奴がクラスにいるんだが。]
健介らしくどストレートな内容だ。
[会わせてどうするの?朝聞いてたけど面倒くさい男の子じゃないの?]
[まあそうなんだが成り行きで会わせるって言っちゃったんだ。]
『私会ってみるよ。面倒くさいかもしれないけど面白そうじゃない?顔はまあまあだし。』
紀子は簡単に了承したが、心配な知香だった。
[きこちん、会ってくれるって。私も一緒に行くから健介くんも来て。]
[なんで俺たちが行くんだ?]
[口が軽そうだからちゃんと口止めしなきゃ。こうなったのも健介くんの責任なんだから。]
健介は頭を抱えた。




