おいしい部活動
波乱の自己紹介が終わり、宇野アイに興味を持った知香は直ぐに声を掛けようと席を立ったが、逆に知香に興味を持った複数の生徒から呼び止められた。
『白杉さん、本当に男の子なの?』
『応援するからね。』
と、概ね好意的に受け止めてくれている。
『トイレはどっちに入るんだ?』
などと聞く男子生徒もいるが、
『中学の時は多目的トイレがあったから。この学校には多目的トイレがないから職員用トイレを使うよ。』
と、真面目に答えた。
『白杉さんなら女子トイレ使っても良いんじゃない?』
『ありがと。でも私の事よく思ってない人がいるから職員用の方が良いみたい。』
『箕輪さんってなんであそこまで毛嫌いするのかしら?私なんか間近でLGBTの人を見るの初めてだから嬉しいのに。』
興味本意で見ているだけなら葉月と変わらない様な気がするが、他意はないみたいなので笑顔で受け止める。
アイの方を見るとアイも回りからだいぶ質問責めにあっているみたいでコンタクトは難しいと思っていたら、アイと目が合ってこっちの方にやって来た。
『白杉さん、こんにちは。宇野アイ言います。友だちなって下さい。』
他の生徒は自己紹介や質問はしてもいきなり友だちになろうとは言わずに様子を伺っているだけだったのだが、アイはストレートに友だちになろうと言って来た。
(ストレートだね。)
『アイさん、私もアイさんと友だちになりたいです。私、一度バンコクに行って好きになりました。手術もバンコクで受けるつもりです。』
ストレートな相手にはストレートで返す。
『私バンコクの友だち、レディーボーイいるよ。とてもきれい。』
タイでは性自認が外見と違う子どもが多く、知香の様な学生はたくさんいるが、日本と大きく違うのは手術をしても戸籍は違う性には変更出来ない。
『日本語上手だね。タイの言葉、難しいけど教えてね。』
『はい。』
向こうから友だちになろうと言ってくれて良かったと知香は思った。
休み時間が終わり、次は部活動紹介のため体育館に移動する。
『ともちは中学の時はなに部に入っていたの?』
『写真部だったけど、生徒会が忙しくなってからほとんど幽霊部員だったよ。ぐりたちは?』
『合唱部。』
『私は帰宅部。でも高校には料理部があるから入ろうと思う。』
料理好きな好美にはちょうど良い部の様だ。
『私は無理!授業の調理実習で鍋焦がして先生に怒られたから。』
みどりは高校でも合唱部に入るつもりらしい。
『私も合唱部に入ろうかな?』
紀子がぽつりと言った。
『きこちん、声優を目指しているから発声練習出来て良いよね。』
『ともちも合唱部入らない?』
『私は歌下手だから無理!』
人にはそれぞれ得手不得手があるのだ。
部活動紹介は運動部から順に各部の部長、キャプテンが行なう。
好美が入部を希望する料理部の順番がきた。
『料理部部長の実松やよいです。料理部は三年生12人、二年生16人の合計28人で週2回活動しています。毎回料理を作るのではなく、アレンジレシピや海外の料理の研究などを行なっていて、文化祭での発表や料理コンテストへの参加もしています。料理好きな方はもちろん、ほとんど料理はした事がない男子もどうぞ入部して下さい。宜しくお願いします。』
(私も料理部に入ろうかな?)
自宅でも結構料理をしている知香は料理部に興味が沸いてきた。
今週いっぱい体験入部があり、正式には来週以降に入部届けを出す事になっている。
『トモカ、トモカ。』
いつから後ろにいたのだろうか、アイが知香の肩を指でとんとんと叩いて呼んだ。
『部活、決めましたか?』
『よしみんもいるし、料理部が良いかなって思うんだけど。』
『よしみん?』
『友だちになった安住好美さんだよ。』
『安住です、宜しくね。』
好美はは笑顔でアイに会釈した。
『宜しく、よしみん。』
『ね、海外の料理研究もするって言ってたし、アイさんも料理部に入らない?』
『私、日本ごはん好きです。でも、タイいた時、料理作らなかった。』
バンコクに行った時、家庭で料理は作らないでほとんど屋台などで外食を済ますと聞いていた。
『日本来て、お母さん日本ごはん作ってくれる。美味しい。』
郷に入れば郷に従えという事だろうか、アイの母親はバンコクにいた時はほとんど料理を作らかったみたいだが、日本に帰ってからは家族に日本の料理を作っている様である。
『とりあえず、行ってみよう。』
知香はアイと好美と共に料理部の活動拠点である家庭科室に向かった。
『体験入部です。』
『いらっしゃい。仮入部届けにクラスと名前書いてね。』
先輩の部員に案内され、知香たちは用紙に記入した。
料理部は女子に人気があるらしく、一年生の仮入部希望者は20人くらいいる様だ。
『こんにちは、実松です。今日は毎年入部希望者のみなさんに出している秘伝のスープを味わって戴きます。』
寸胴鍋からスープをすくい、一人一人に器が渡っていく。
『さあどうぞ、熱いから気を付けてね。』
やけどしない様に気を付けて一口飲んでみた。
『美味しい!』
一見あっさりしている様で複雑な味のスープだがなんの出汁か分からない。
『秘伝だから、正式に入部しないと教えませんよ。』
それが伝統なのだろうか、知香はますます料理部に興味が増してきた。




