高校入学の日
三中の卒業式から1ヶ月近い春休みを終え、いよいよ高校入学を明日に控えた知香は準備に勤しんでいる。
その間知香は2度長野に行き[信州ほっとワイド]の司会としての仕事をこなしたりこのみの母と麗の父の結婚披露宴に出席したり忙しい日々を送っていた。
(なにか忘れている様な気がするんだけど。紀子さんに聞いて確認してみよう。)
そう思ってスマホを操作しようとして、知香は思い出した。
(みどりさん!)
入試以来、しつこく付きまとっていた里谷みどりの事をすっかり忘れていたのだ。
合格発表の日は先生から呼び出されて解放されたが、その後暫くは毎日の様にメールが来て最初こそ返事を出したが、忙しくなってから返事をしなくなりそのままにしていた。
(さすがに明日から学校で顔を合わせるし無視する訳にはいかないなぁ。)
嫌々ながら知香はみどりにメールを送る事にした。
[こんばんは。明日からいよいよ高校生活が始まりますね。春休みは忙しくてなかなか返事を書けなくてごめんなさい。明日から仲良くして下さい。]
返事を出さなかったのは忙しいからで他意はないという事を強調する。
[お返事待ってたわ。私の方こそ宜しくね。]
1分も経たないうちに返事が来た。
(裏はないのかな?)
みどりがどうして知香にしつこいのか文面では分からなかったが深く考えても仕方がないと思う。
[明日、夕方には長野に行くのであまり時間はないけど入学式の後少しお話しましょう。]
明後日は第2回の生放送を控えている。
[長野って何のために行くの?]
案の定食い付いてきた。
[テレビに出てるの。毎週土曜日、お昼のワイド番組。ローカルだから埼玉では見られないけど。]
[えー、スゴイ。見てみたい!]
これでたぶん暫く返事を寄越さなかった事を言われたりしないだろう。
[細かい事は明日話すよ。同じクラスになったら良いね。]
[明日の入学式が楽しみ。]
こうしてみどりとのやり取りを終えた。
しつこいのは面倒だけど少なくても敵ではないと思う。
高校はもともとの知り合いが少ないから早めに友だちが出来るのは悪い事ではない筈だ。
準備を終えた知香は布団に潜った。
『行ってきます。』
『後から行くからね。気を付けて行ってらっしゃい。』
翌朝、由美子より先に自宅を出た。
健介と紀子、桜高校に入学する美久と駅で落ち合い、6時33分にこの駅始発の電車に乗り込む。
これから毎日この時間の電車に乗って学校に通うのだ。
もう少し遅い時間でも良いが、駅始発の電車は他にもう一本しかなくその電車だと遅すぎる。
高校生だから1時間くらい座らなくても平気なのだが、座っていれば痴漢に合わないので安心だからと言われていた。
(もし痴漢をされたら犯人驚くかな?)
まだ男性のままで残るものに痴漢が触れたらと想像するが、実際にやられたら冗談では済まないだろうからやはり座って行く方が良いだろうと思う。
『じゃあね、美久も頑張って。』
『チカたちもね。』
知香たちはO宮で降り、バスに乗り換える。
バスは入試や合格発表の時と違い、みんな同じ制服を着ていた。
バスを降り、少し歩いて校門を潜ると掲示板にクラス毎に新一年生の名前が書かれていて、確認をする。
『知香さん!』
みどりが待ち構えていた。
『知香さん、私と一緒のクラスよ。宜しくね。』
一年生は6クラスあり、40人ほどだから約240人いる。
『こちらこそ宜しく。』
掲示板を見ると一年C組に知香の名前が書いてある。
『私も一緒よ。』
紀子も同じC組だ。
『なんで俺だけ違うんだ?』
健介はA組で離れてしまった。
階段を上がり2階にある玄関から入る。
指定された下駄箱に行くとちゃんと名前が書いて貼られてあり、ローファーを入れ廊下を進む。
一年生の教室も2階である。
『じゃ健介くん、またね。』
教室に入るとまだ馴染んでいないのか、大人しく一人で席に座っている生徒が多い。
(紀子さんやみどりさんがいて良かった……。)
席は50音順になっているらしく、知香の前にみどりが座り、さっそくみどりはイスを回転させて知香と相対した。
『こんな近くだなんて嬉しい。これならいつでもお話出来るわ。』
(こっちは気が休まりそうもないよ。)
鐘がなり、担任の先生が入ってきた。
『みなさん、おはようございます。そして、入学おめでとうございます。私は一年C組の担任で数学を教えている曽我洋子と申します。』
曽我先生は30代くらいに見える。
『この後体育館で入学式を行ないます。みんなの自己紹介は明日やりますが、3年間クラス替えはないので卒業までずっと一緒です。お互い助け合いながら早くクラスに慣れましょう。』
先生は落ち着いているが、キツい感じでもない。
が、知香はなにやら冷たい視線を感じていた。




