スポット撮影
食事会が終わり知香たちは再び俊之の車に乗り込んだ。
『真っ白ですね。』
年末年始に滞在した時と比べ、積もった雪が深いので、はずみはうきうきしている。
『2月になってからかなり降ったからな。』
チェーンを巻いた車はじゃりじゃりと音をあげながら坂道を登っていった。
『お帰りなさい。』
玄関で佐知子が出迎える。
『お婆ちゃん、お世話になります。』
『これからは毎週来るんだから他人の挨拶はなしよ。あなたたちの部屋も準備出来てるから。』
わざわざ知香とはずみのために空いている部屋の一つを改造したらしい。
二人がその部屋に行くと、二段ベッドが置かれていた。
『別々の部屋の方が良かったかもしれないけど、ともがほら、お正月の彼氏を連れて来ると部屋が足りなくなるかもしれないでしょ?』
『彼氏じゃないよ!』
知香は必死に否定するが、はずみは笑っている。
『チカ、好きって言ったんだって。』
健介に告白した事をはずみに直ぐ暴露された。
『ほら、彼氏じゃない?』
『まだ付き合ってないから。……帰ったらデートするって言ったけど……。』
そのまま佐知子とはずみにずっと冷やかされてしまった。
『今回だって一緒に来れば良かったのに。』
『お父さんが厳しい人だから大変みたい。それにスキーやりたいから。』
知香ははずみとは違うと言いたげである。
翌日、知香はスキー場に来ていた。
はずみと一郎はデートのため知香は気兼ねなく一人で滑っている。
『埼玉からお越しの白杉知香さん、お連れさまがお待ちしております。1階受付にお越し下さい。』
突然、場内アナウンスで呼び出しを受け、受付に行くと萩原とカメラマンが待っていた。
『萩原さん、どうされたんですか?』
『いやね、みんなのプロフィール映像を作る事になったんだ。はずみさんは陸上をやっていたと言うし、一郎くんも蕎麦打ちをしているという事だから、それぞれ特技を披露してもらってアピールしてほしいんだ。』
『それで私はスキーなんですか?』
知香はスキー検定で2級の腕前である。
『そう。他に特技があるなら変えるけど。』
『いえ。特技と言えるものはないです。』
知香の趣味といえば写真撮影だが、特技といえるほどのものではない。
『撮影許可ももらっているし、やってもらえるかな?上から滑ってきて、止まったらカメラに向けて自己紹介をするだけだから。』
するだけと言われてもそれが大変だ。
『それではテイクワン、お願いします。』
インカムを付け、知香は指定された場所に滑る。
『知香です。……えと……。』
台本がなく、言葉が続かない。
『知香さん、スキー2級ってアピールして。……それから名前の前にMCのって付けてくれる?』
知香は再びスキーで降りてくる。
『MCの知香、スキー検定2級です。』
『言う時はゴーグル外して。顔が分からないよ。』
(もう!最初から言ってよ。)
結局、7回撮ってようやくOKが出た。
『良かったよ。何回もごめんね。アイキャッチとしてずっと使うから完璧じゃないと駄目なんだ。』
ゴーグルを外した後に髪を手で翻らせるポーズがなかなか決まらず、回数を重ねたのだ。
『この後一郎くんの家で蕎麦打ちの撮影をするって言ったらお爺さんから一緒に車に乗って帰ってくる様にって伝言があったのでお願いします。』
全然自由にさせてもらえず知香はむくれたが、祖父の迎えが期待出来なくなったので仕方がない。
知香は萩原たちと車で帰ると、すでに一郎とはずみも戻っていて蕎麦を打つ準備をして待っていた。
『途中で帰って来いって言われて中途半端だったよ。』
はずみはデート途中で呼び出された様だ。
『はずみさんは明日またお願いしますから。陸上競技場押さえたので。』
たかだか5秒くらいのアイキャッチのためにわざわざ陸上競技場まで使って撮影をするのだろうか?
『大げさだね。』
一郎が蕎麦を打つ場面の撮影が始まった。
一郎はまだ父の高志ほどの経験がなく、高志がまだ帰宅していないので一人で最初から作業をするのは初めてだ。
『大丈夫?』
はずみが心配して見ているが、なんとか蕎麦がこね上がり包丁で切る作業に移るが、上手く切れずに蕎麦はぼろぼろに崩れてしまった。
『もう1回お願い出来ます?』
カメラマンのリクエストに一郎が再び蕎麦をこねるが、なかなか上手く出来ない。
『結構不器用なんだよ。』
知香ははずみに耳打ちする。
『うん。なんか分かる。』
何度か失敗をしているうちに高志が帰宅して、最後は高志が打ったのを撮影して繋ぎ合わせる事になった。
『蕎麦も撮影も繋ぎが大切だね。』
『なに謎かけみたいな事言ってるのよ?』
その晩はみんなで一郎が失敗した大量の蕎麦が夕食になった。




