受験生のバレンタイン
2月に入り、私立高校を単願で受験し早々に入学を決めた者、自分の実力以上の学校を受験して落ちた者、合格はしたがあくまで本命を公立高校に定めて保留している者と分かれてきた。
知香も紀子もお互い1勝1敗だが、やはり本命は県立の埼玉みどり高校なのでまだ入学は決まっていない。
『お前たち、大丈夫なのか?』
以前の高木なら上から目線で小馬鹿にした様な言い方をするだろうが、本気で知香たちを心配している。
高木は超難関と言われる私立高校に2校合格を決めているが、それらの高校より低い偏差値のみどり高校を受験するまで保留したのだ。
『健介くん、一人で私立行けば良いんじゃない?』
『そう言うなよ。せっかく一緒の高校に行くって言ってるのによ。』
高木は知香と一緒の高校に行きたいのだ。
『別にお願いした訳じゃないも~ん。』
『と、とにかく頑張れ。勉強教えてやるから。』
『勉強よりインフルエンザに気を付けてよね。』
クラスではもうインフルエンザにかかっている生徒はいないが、シーズンに2度かかる事もあり得るので受験生のマスク義務は解除されていない。
クラス内では美久も雪菜も私立高校の合格を決めているが、やはり公立の高校が本命だ。
『美久の受ける桜高校って5年間通うんでしょ?』
美久は県内で唯一の看護師を養成する高校に入るため、早いうちから学習塾で頑張ってきた。
『夢だからね。』
『ともちも美久もよくそんな遠い学校受けるよね。私なんか市内だし。』
雪菜は市内にある商業高校を受験する。
『小学校の時に校外学習で行った学校でしょ?良いよね。』
私立高校の試験と県立高校の試験まで間があるので滑り止めでも受かった学校があると多少の余裕があり、言葉も軽い。
2月14日になった。
今年のバレンタインは月曜日なので知香は前日、勉強の息抜きに市販のチョコを湯煎して簡単に自分好みの形に整え、高木と紀子、雪菜と美久の4人分だけ作って渡す事にした。
去年までの様にたくさん作る余裕はなかったのでクラスメイトの親しい人だけと割り切ったのだ。
『おはよう、美久。今年は簡単で悪いけど、はい。』
玄関で美久と顔を合わせた知香は美久にチョコを渡す。
『簡単って言ってもちゃんと作ったんでしょ?ありがと、私は買ったやつだけど。』
美久からもチョコをもらった。
『美久の下駄箱、入っているみたいよ。』
『チカもはみ出してるじゃん?』
二人の下駄箱の中にはそれぞれ複数のチョコが入っている。
『保健委員の後輩たちからだ。勉強に疲れたら甘いものを食べて頑張れだって。』
保健委員長を務めた美久の後輩から受験頑張れとメッセージ付きのものの様だ。
『こっちも生徒会の後輩が多いね。あ、こうちゃんからのもある。』
このみのチョコも手作りでメッセージが入っている。
本来もらう側の男子生徒が羨ましそうに見ているので、鞄を開けて入るだけ詰め込んだ。
教室には紀子がすでに来ていた。
『おはよう、紀子さん。はい。』
『ありがとう。私のも受け取ってもらえる?』
紀子も手作りの様だ。
雪菜にも渡して、残りは高木だけだが、高木は珍しく時間ぎりぎりに登校したため渡しそびれた。
『高木くん、去年ももらったし意識してわざと遅れてきたのかもよ。』
美久にも言われたが、知香も授業の前だと他の生徒にも目立ちそうだから避けるために遅く来たと思う。
知香は渡すタイミングを見計らっているが、クラス全員が高木が知香を好きだと言ったのを知っているだけに知香がチョコを渡すかどうかはクラス中で注目の的だった。
『なんか渡し辛い雰囲気。』
『良いじゃん。私たちと一緒なんだし、勉強頑張ろうくらいしかメッセージ書いてないんでしょ?』
確かに大事な時期なので余計なメッセージは書いていないが、高木は去年の様に勘違いしてしまうだろう。
去年と違うのは知香も高木を好きになっている事だが、といって試験に影響が出る様では困るのだ。
休み時間になり、知香は意を決して立ち上がった。
高木の回りには男子生徒がいたが、構わない。
『健介くん、はい。受験、頑張ろうね。』
高木は赤い顔をして返事も言えない。
『高木、やったな。』
男子生徒の冷やかしにも答えられず、茹でダコの様になってしまった。
『白杉、本命なのか?』
『ごめんね。みんなに渡したかったけど、受験勉強の合間だから作れなかったよ。健介くんは同じ学校を受けるよしみだからね。美久やきなたちに作ったのと一緒のやつだよ。』
男子生徒たちは告白しないので期待外れに思っているが、高木にはかなり効果がある。
『気を引き締めてね。』
高木はふにゃふにゃになっているが、もし告白でもしたら受験どころじゃなくなる気がした。
(合格するまで待っててね。)
知香は合格した暁には高木に答えを出そうと決めた。




