高校入試始まる
紀子のインフルエンザが完治して登校したのは最初に受ける高校の試験日の前々日だった。
『紀子さん、大丈夫?』
『駄目。自信ない。』
強がりの紀子には珍しく弱気な発言である。
本来受けるはずの面接の模擬試験も受けられずぶっつけ本番となってしまった。
一番最初の試験は市内にある私立明志館高校である。
市内なので三中の生徒も多く、知香と紀子の他ありさも一緒だ。
『おはよう。いよいよだね。』
『一応滑り止めだけど、最初が肝心だからね。』
ありさの本命は隣の市にある県立の女子高だそうだ。
『紀子さん、無理なら途中で止めた方が良いよ。ここでまた体調崩したりしたら元も子もなくなるし。』
『なんとか頑張るよ。』
午前中の学科試験が終わり、昼はそれぞれ持参した弁当を食べる。
『ぼーっとしていて全然駄目だった。』
病み上がりの紀子にとっては厳しい試験だった。
『辛いのによく頑張ったよ。』
知香は紀子を労った。
『でも終わった訳じゃないから、面接も頑張ろう。』
午後からは面接が行なわれた。
『どうぞ。』
『失礼致します。』
ドアをノックし、面接室に入った。
『F市立第三中学校から参りました白杉知之と申します。』
面接では戸籍上の名を名乗る。
『どうぞ、お座り下さい。』
試験官の先生は3人だ。
『白杉さんはLGBTの女子生徒として中学校に通っている様ですね。』
『はい、学校では白杉知香と名乗っていて、戸籍の変更もこの名前で行なう予定です。』
マニュアルにはない質問がどの様に出るか予め予習していたので知香は落ち着いていた。
『中学校ではあなたの事を非難する人や苛めたりする人はいましたか?』
『はい、最初はいましたが、共に学び、会話をするうちにその様な人とも仲良くなりました。』
知香は高木や紀子を思い浮かべた。
『具体的にどんな事があったかお願い出来ますか?』
さすがにちゃんと言わないと駄目みたいだ。
『一年生の時に私と一緒に学級委員になった男子生徒から最初は認めないと言われ、協調出来ずに頬を叩かれたりした事もありましたが、次第に体育祭や文化祭を通じて協力し合い、今ではお互いに受験の相談をし合う様になりました。』
紀子の話より高木の話の方が具合例としては良いと思う。
『一年生の時に学級委員と生徒会の書記、二年生で生徒会長をされてますね?生徒会では特にこういう仕事をやってきたという事はありますか?』
『はい、小学校の時に苛められた経験もあり、苛めをなくすために対策委員会を作りました。』
矢継ぎ早の質問にも堂々答える。
『成果はありましたか?』
『はっきり成果と言えるものは一件だけでした。』
知香の面接は他の生徒に比べ長い時間になったが、無難にこなした。
『失礼致しました。』
知香は面接を終え、部屋を出ると目立たないように息を吐いた。
『お疲れさまでした。』
先に面接を終えていたありさから労われる。
『ありちゃんはどうだった?』
『まあまあかな?ともちは?』
『うん、いろいろ聞かれて大変だったよ。』
知香の後暫くして紀子も面接が終了したが、顔が真っ青だ。
『紀子さん、顔色悪いよ。』
『全然駄目でした。これでは知香さんと一緒に高校行けない。』
『まだひとつめだから大丈夫だよ。体調が悪かったんだし。』
合格発表となり、知香とありさは合格していたが、紀子の番号はなかった。
『滑り止めなのに……。』
『次頑張ろうよ。』
次は隣の市にある私立熊央高校で、偏差値は明志館高校より低い。
『今日は自分でも良かったと思うわ。』
『紀子さんが笑顔になって良かった。』
明志館の試験から1週間経過した事もあり、紀子も完全に復調していた。
『知香さんはどうだったの?』
『うん。たぶん大丈夫。』
あくまで本命は公立のみどり高校だが、滑り止めの私立で一つは紀子と一緒に合格しなければみどり高校の受験はプレッシャーになるだろう。
熊央高校の発表の日になり、明志館同様、知香と紀子は一緒に合格発表を見に行く。
紀子は自分の受験番号と同じ数字を見付け、安堵した。
『知香さん、ありました?』
紀子は明るい顔で知香に聞いた。
『ない……。落ちたみたい』
学科はたぶん問題ないし、面接も特に受け答えに失敗はしていないと思う。
『なんで知香さんの番号がないの?明志館だって合格したのに。』
『分かんないけど、現実だから仕方ないよ。』
知香は落胆しながらもさばさばしている。
『知香さんがLGBTだから落としたんじゃないの?』
紀子の顔が紅潮してきた。
『学科は大丈夫だったんでしょう?これは差別じゃないの?知香さんの受験は受け付けておいて、面接でわざと落とすなんて。』
紀子は自分の事の様に怒る。
『わざとだなんて証拠はないから。自分がなにか足りなかっただけだよ。』
知香は紀子を宥めるが紀子は収まらない。
『私、こんな学校行かない!』
明志館を落ちた以上、唯一の滑り止めの熊央高の手続きを放棄するとみどり高に賭けるしかなくなるのだ。
『ばかな事言わないでよ。一緒に行けなくなったら寂しいけど、万一の事があったら高校浪人だよ?』
実際、体調を崩して一校落としている。
紀子は知香に慰められ、手続きに向かった。
しかしこれで、知香と紀子が一緒の高校に行くには二人共みどり高校に合格するしか方法がなくなってしまった。




