受験生の年末
『お待たせ。』
知香も風呂から上がり、預けっ放しにしている部屋着に着替えていた。
『…………。』
高木が知香の部屋着姿に戸惑っている。
『チカ、高木くん、困っているよ。』
部屋着といってもピンク色の厚手のパジャマだ。
『参ったな。ここに来たら冬はいつもこれなんだけど。』
『うぶな高木くんには刺激が強いかもね。』
『部屋の中は暑いけどこれで良い?』
仕方なく知香ははんてんを上に着て、みんなと広間に向かった。
『あれ、ケーキ?』
広間にはクリスマスケーキが用意されていた。
『受験勉強に必死なのも良いけれど、クリスマスも忘れちゃったの?』
今日は12月25日だ。
去年までは放課後見守り隊のクリスマス会があったので忙しかったが、受験生なので呑気にクリスマスを祝うつもりはなく、頭の中には全く入っていなかった。
『去年はともがタイに行ってこっちに来なかったから一郎が寂しがってたんだぞ。』
本当は俊之が一番寂しかったのだが、一郎に置き換えて言った。
『なんで私が来ないからっていっちゃんが寂しいの?』
『バカね。私を無視しないでよ。』
一郎ではなくはずみが反論する。
知香がいないのに親戚でもない中学生のはずみがひとりで長野に来る訳にはいかなかったのだ。
『だってはずみん、陸上部の練習あったんじゃないの?』
『冬休みは自主練だよ。私も来れなくて寂しかったんだから。』
はずみがそう叫ぶと一郎の顔が赤くなり、高木と紀子がにやにやしている。
『知香さんとはずみさんって面白いコンビね。』
『この二人がテレビで一緒に司会なんて、萩原さんってよく考え付いたな。』
高木は他人事になると平気で言える様だ。
言い争いをしている知香とはずみの間でおろおろしている一郎がまた見ていて面白い。
『さ、みんな座って。早く食べましょう。』
一昨年とはメンバーが違うがみんなでクリスマスを祝った。
知香たちは毎日勉強に勤しみ、30日には博之と由美子も加わった。
『ともちゃん、はずみちゃん、紀子ちゃん、ちょっと来て。』
31日、佐知子が知香たちに声を掛けた。
『なに?おばあちゃん。』
『実はね、せっかくのお正月だしお着物でもどうかなと思って用意したの。』
佐知子が知香たちに見せたのはちょっとレトロな柄の着物だった。
『本当は萌絵ちゃんが来ると思って用意したんだけど紀子ちゃんも似合うと思うわ。』
佐知子は知香の新しい友人が来る事は想定外だった。
『着物なんて七五三以来だから嬉しいです。』
紀子は喜んだが、萌絵の名前を出された知香は複雑だった。
『夏も来なかったし萌絵ちゃんはどうしてるの?』
あれだけ知香とべたべたしていた萌絵の姿がないので、佐知子は聞いてみる。
『……別れた……。』
佐知子にダイレクトに聞かれ、答えない訳にはいかなかった。
『そうなの?』
はずみも紀子も驚いている。
『みんな悪いけど、高木くんには言わないでいてくれる?』
佐知子は知香に余計な事を聞いたと反省しているが、高木に言えない理由は知りたい。
『実は高木くん、知香さんに好きだって言ったの。』
紀子はその場にいたから知っているが、はずみは知らない話だった。
『ちょっとどういう事なの?ここだけの秘密にしておくから教えてくれない?』
小学校の頃から知香と萌絵を知るはずみは、自分の知らないうちに別れてしまった事がショックだった。
『高木くんのお父さんが学校に来て進学の件で揉めたんだけど、その時に高木くん、私の事好きだって言ったの。その時は私もまさかと思ったし、曖昧な返事しか出来なかったんだけど、それからすぐに萌絵と別れる事になって……。萌絵と話している時、なぜか高木くんの事考えてた。私、ズルいのかな?』
明らかに知香は高木を恋愛対象として意識し始めている。
『ズルいとかじゃなく、チカの意識が女の子より男の子を求める様になってきたんじゃない?』
『これもホルモンの影響なのかな?』
女性ホルモンの投与により、性対象が女性から男性にシフトする例がある事は病院でも言われている。
『でもさ、正直自分でもまだよく分からないの。それに、萌絵と別れたから直ぐに高木くんに乗り換えるなんて尻軽女だと思われそうだし。』
初めて男性を好きになる感覚がまだ掴めていないのかもしれない。
『ともちゃんがまだ分からないって言うならまだ言わない方が良いわね。でも同じ高校に行くつもりでしょ?時間はあるんだからゆっくり考えていけば良いわ。頑張りなさい。』
佐知子は受験も恋の行方も応援してくれると言った。
『高木くん、知香さんの着物姿なんて見たら倒れちゃうかもしれないわね。』
『紀子さんの方が美人だから高木くん、気が変わるかもよ。』
まだ高木が知香の事を好きだと言う前、知香は学級委員同士で息が合う高木と紀子が好き合っているのだと思っていた。
それは高木が知香を好きだと知っていた紀子と高木が隠し事を共有していた姿が、知香の目には仲良さげに写っていたのである。




