高木健介と父
11月になり、提出した進路志望の用紙をもとに三者面談が始まった。
初日から知香は母の由美子と共に面談に臨んだ。
知香は第一志望を県立の埼玉みどり高校、第二志望を市内の私立明志館高校、第三志望を隣の市にある私立熊央高校と書いて提出している。
三校共、そこそこ偏差値が高いが知香の学力ならまず問題なく、本命のみどり高校以外は適当に選んだだけだ。
『白杉さんならもう少し偏差値が高い学校でも良いんじゃないでしょうか?』
木田先生が資料を見ながら知香と由美子に尋ねた。
『私は大学には行かないつもりだし、手術もするのでなるべく両親に負担を掛けたくないです。』
本当に負担を掛けたくないなら近い高校の方が良いが、制服が理由とは言えない。
『お母さまはどの様に思われますか?』
『とにかく、親としてはこの子を受け入れてくれる学校ならと思っています。』
『白杉さんなら埼北女子とかにも行けるのに私たちの力が足りず申し訳ございません。』
知香の様なトランスジェンダーを受け入れる事にはっきりノーとは言われていないが、女子高はやはりハードルが高い。
受験しました、やっぱり受け入れませんでは話にならないので鼻から女子高は選択肢から外しているのだ。
知香と同じみどり高校を第一志望にした紀子も同様である。
『私、高校を卒業したら声優の専門学校に行きたいと思っています。』
『大学に行く気はないの?』
『大学に行きながら声優養成所に通うという事も考えています。どちらにしても東京に近い方が良いと思うんです。』
修学旅行の時に事故の後遺症が出て、知香と同じ高校の方が良いと言うのが本音で木田先生も紀子の母・勝子も知っているが、建前で話を進める。
高木の面談の日がやってきた。
『健介の母の房江です。宜しくお願いします。』
『まず、高木くんの成績は一年の1学期からずっとオール5を続けていますので埼玉和瀬田も慶王柳瀬も狙えると思います。』
両校とも県内屈指の進学校である。
『家でも受ける様に話はしているのですが……。』
高木の第一志望も知香たちと同じみどり高校である。
『せめて公立は県北高校を受ける様に父親からも言っているのですが、意地を張っていつもケンカになってしまうのです。』
『みどり高校だって進学率高いし過去には東大に行った生徒もいるんだから良いじゃないか?』
高木は房江に反論する。
高木の持論はどんな小中高校であろうと最終学歴がモノを言う世の中だという事なのである。
勿論、そのための勉強は欠かす事はしないという裏付けがあっての発言なのだ。
『私自身は健介がそこまで言うならと思っていますが、主人はなにがなんでも一流校に行けと言うのです。』
『一流校なんてガリ勉の集まりみたいな学校なんて行っても面白くもなんともないだろ?』
偏見かもしれないがあくまでも高木の持論である。
『まだ時間はありますからご家庭でよくお話して結論を出して下さい。』
まだ時間があると言っても受験なんてあっという間に来てしまうので、木田先生も困り果てた。
翌日、6時限目の授業が終わり、終礼中の時だった。
『木田先生、高木くんのお父さまがお見えです。』
事務方の職員が慌てて教室に駆け込んできた。
来校するとは聞いておらず、今日は別の生徒とその親の面談を控えている。
『みなさん、途中で申し訳ありません。急な用が出来たのでこれで終わりにします。』
木田先生は高木を連れてそそくさと面談室に向かったが、知香たちクラスメイトも察しが付いた。
『知香さん、行ってみましょう。』
紀子に言われるまでもなく、知香は立ち上がった。
『高木さん、いつもお世話になっております。担任の木田と申します。』
木田先生は、高木の父・大介の待つ面談室に入るなり、深々とお辞儀をした。
『貴女が担任の木田先生ですか?若いな。』
木田先生はまだ27歳である。
『昨日、お母さまともお話をさせて戴きました。高木くんは私が初めて担任になった一年生の時からずっと学級委員として支えてくれました。多少融通の利かないところもありますが、一度決めた事は絶対に最後までやり遂げる芯の強さを持っています。お父さまの意ではないかもしれませんが、高木くんの行きたい学校に行かせる事は出来ないでしょうか?』
知香たちは、ドアの外から聞き耳を立て話を聞いている。
『まず、この馬鹿は動機が不純なのです。白杉とか言う男のくせに親に貰った大事な身体に自分からメスを入れようとする様な輩のケツを追い掛けたり訳分からん事をする。』
『ともちの事言ってるよ。』
ドアの向こう側で雪菜が言った。
大介の声は廊下にいてもよく聞こえる。
『ケツを追い掛けるなんて、別に高木くん私の事なんてなにも思ってないのに。』
知香はなぜ大介が自分の名前を出したのか分からなかった。
『白杉の事を悪く言うな!』
高木は知香の事を言われ反論した。
『アイツの生き様、考え方に俺は惚れたんだ。』
『惚れた……って……好きとかの意味じゃないよね?』
知香は突然高木が思わぬ事を言ったので焦るが、紀子は勿論、雪菜も美久も高木の気持ちを知っている。
『なに馬鹿みたいな事を言っている?あれは男なんだ。将来去勢したとしても子どもも作れない中途半端な人間だ。』
『高木さん。失礼ですが、私も担任としてずっと白杉さんを見てきたので今の言葉は聞き捨てなりません。』
『なに?』
木田先生が大介に食って掛かった。
『白杉さんは確かにもともと男の子の身体を持って生まれてきましたし、手術をしても子どもを作る事は出来ません。しかし、高木くんだけでなく、クラスの……いえ生徒会長として学校のみんなから好かれるくらい彼女は思いやりのある生徒です。高木くんも入学した時はお父さまの様に白杉さんを否定して顔を傷付けた事もありましたが、そんな高木くんの心を開かせたのも白杉さんの優しさなんです。』
『まだ半人前のくせに生意気な……。お前では話にならん!校長を呼べ!』
大介の怒りが爆発しそうになる。
『いいかげんにしろ!』
『なんだと?』
『高校はいくらだってあるし、勉強は自分次第でなんとでも出来る。しかし、白杉のいる高校はひとつしかないんだ。』
ドアの向こうの知香はようやく高木の気持ちに気付いた。
『なに?そういう事?……ちょっと、それ以上は言わないでよ!』
『俺は……白杉の事が好きなんだ!』
大介も知香も高木の言葉に固まってしまった。




