シン・シンデレラに会おう
体育祭が終わり、三年A組の生徒たちは文化祭に向けて劇の練習のため振り替え休日であるが学校に集まった。
『これから私たちはお城の舞踏会に行ってまいります。あなたの様な下衆な男には一生縁のないところですわ。しっかり家のお掃除をして留守番していなさい。』
継母役の本間がセリフを読むが、脚本兼監督の寧々は納得いかない。
『う~ん、違うなぁ。総監督、どうですか?』
知香は名前だけの総監督で一切の仕切りは寧々がやるものだと思っていたが、結構振ってくる。
とはいっても自分が演技をする時は寧々から徹底的にダメ出しをされるのである。
『もっと上から目線で、おほほほほって感じで笑うと良いかな?』
知香の頭の中には麗のイメージがある。
『じゃあもう一度。はい!』
前途多難である。
『お疲れさん。』
王子様役の美久から励まされた。
『私の分はまだ台本が出来たばっかりだからまだ大丈夫だけど、みんなを見ていると大変そうだね。』
『きな子は衣装担当だから良いよ。』
雪菜は自分がきらびやかな衣装を着るのは嫌がるが、他人が着ているのを見るのは好きだ。
『ナレーションの方はどう?』
声優を目指そうという紀子がナレーションを担当する。
『大丈夫。ただ、台本が遅いわね。』
寧々は演技指導に熱が入り過ぎて肝心な台本の完成が遅れている。
『なんか演技に役立つ事出来ないかな?』
美久が呟いた。
『そうだね、こうちゃんの家に行ってみる?今日は麗さんいないと思うけど。』
出来れば真のお嬢さまである麗がいれば一番良いが、今日は振り替え休日なので他の学校の生徒は休みではない。
『こうちゃんは真のシンデレラだから勉強になるかもよ。』
知香は寧々に訴えて、セリフの多い準主役の生徒全員で今井家に行く事にした。
『大丈夫なの?こんなに大勢で押しかけて?』
『まあ、なんとかなるでしょ?』
そもそも今まで知香が今井家に行く時の目的は麗であり麗が不在の時にこのみに会いに行く事はなかった。
連れ立ったのは監督兼脚本の寧々、継母役の本間、義姉役の瀬川と冬木、変身前のシンデレヲ役の藍、魔法使い役の高木、王子役の美久、それとナレーションの紀子である。
アポイントも取らずに9人で押し掛けるのも失礼極まりないのでこのみの携帯ではなく今井家に直接電話してみた。
『今井でございます。まあ、知香さん。』
応対したのは母の康子だった。
『ご無沙汰しています。これからこのみさんのところに伺いたいのですが。』
麗が学校だとは分かっていても一応このみに会うと伺いを立てた。
『あら、今日はクラスの方々が……でも大丈夫です。文化祭の練習だそうですから。』
このみのクラスである二年C組はメイド喫茶だが知香が焚き付けたために三年C組とのメイド喫茶対決という目玉企画になったのだ。
(こっちもやる気充分だな。)
発案者の知香はしてやったりと思った。
今井家に到着すると、遥が出迎えた。
『皆さまいらっしゃいませ。どうぞこちらへ。』
『たしか、一年の……。』
高木は顔だけは見た事があった遥に声を掛ける。
『はい、西山遥と申します。どうぞ宜しくお願い致します。』
『なんか別世界に来たみたい。』
9人の中でこの家に来た事があるのは知香と美久だけなので、他の7人は借りてきた猫の様になった。
『こうちゃん、久し振りのメイド服だね。』
リビングに入ると直ぐにこのみが振り返った。
このみは着る事を禁じられているはずのメイド服を着ている。
よく見ると、他の二年C組の男女もみなメイド服姿だ。
『知香さん、連絡もくれないで突然どうしたんですか?』
『私たち、文化祭でシンデレラの劇をやる事になってね。本物のシンデレラを見て勉強しようという事で来たんだけど先客がいるみたいだね。』
男子の生徒の中にはメイクをしてウィッグをかぶった者もいる。
『本物のシンデレラだなんていつもお話している様に知香さんのおかげですから。劇は知香さんがシンデレラ役をされるのですね?』
さすがにこのみはお見通しだ。
『成り行きでそうなっちゃったの。こうちゃんも萌絵たちのクラスとメイド対決だから力が入ってるね。』
頼子が知香に話し掛ける。
『知香さんたちには接客を受ける側になって戴きましょう。』
先客がいても知香たちを受け入れる理由はそういう事だったのだ。
実際に知香たちに給仕をする事は良い訓練になるだろう。
生徒会の後輩のしおりや高木たちが席に着く知香たちのイスを引く。
それから遥がサイドテーブルを引いてカップにお茶を注ぎ、知香の前に静かに置いて手本を見せた。
次に田中が遥を真似てやってみるが、かちゃかちゃと音を立ててうるさい。
『音を立てない!』
直ぐに頼子から叱咤される。
『これはビジネスのマナーでも通用しますので覚えて下さいね。決して無駄にはなりません。』
頼子はそう言ってこのみや遥を教育した様に二年生たちを指導していた。
『なるほど、俺たちにも良い勉強になりそうだな。』
高木がそう言うと、寧々の目の色が変わり、リビングのテーブルで持っていたレポート用紙にペンを走らせた。
『イメージが湧いてきた!書けるよ書ける!』
寧々はそう言ってその場で一気に残りの台本を書き上げてしまったのである。




