萌絵の条件
『劇は良いとして、衣装はどうするんだ?』
そんな声が上がった。
シンデレラを始め継母や義姉のドレス、魔法使いのお婆さんなどの衣装の調達が舞台成功の鍵となりそうだ。
『10月ならハロウィンもあるし、結構雑貨屋で売ってるんじゃね?』
『そんなにたくさん買う予算なんてないわよ。』
『お婆さんは魔女の帽子と暗幕をマント代わりにすれば良いんじゃない?』
『王子様は学生服の上に布とかテープを貼り付ければなんとかなりそうだぞ。』
『主役のシンデレラはちゃんとした方が良いけど、後は布を巻けばそれなりに見られると思う。』
議論百出し、ある程度の目処は立った。
『舞踏会のその他大勢のダンスシーンは、ひらひらが付いている様なブラウスだけ自分たちで用意してスカートは長い布を巻けば良いけど、主役はどうする?』
『シンデレラの分は服飾部にお願いしてみる?』
文化祭で劇などをやる時に服飾部は結構助かる。
簡単な服は自分たちで作るが、少し凝った服の場合、服飾部に頼むと喜んで2週間程度で作ってしまうのだ。
さすがにシンデレラは布を巻くだけという訳にはいかない。
『八木さんに頼んでみたらどうかしら?』
寧々が提案した。
(なんでまた?)
そもそも他のクラスだし、夏休み期間中も知香とほとんど会わなかった萌絵が協力してくれるだろうか?
『八木さんは服飾部で去年の文化祭で中世のドレスをみたいなのを作って展示していました。その時のものや他にも作っているドレスがあるかもしれません。』
そういえば去年服飾部の展示を見に行った時に飾ってあったと思う。
『白杉、八木に頼んでみてくれるか?』
最近の事情を知らない高木が当然の様に知香に打診した。
『なんで……ってまあ仕方ないか。』
下手に余計な詮索をされたくないので、知香は受け入れた。
『白杉さん、私も一緒に行くわ。個人ではなくクラスとしてのお願いですから学級委員が行くべきです。』
紀子は知香と萌絵が最近気不味い状態である事もその理由のひとつが自分のせいだとも分かっている。
(紀子さんに気を遣わせちゃったかな?)
紀子にしてみれば知香には借りがたくさんありすぎるのでこの程度の気遣いなど返したうちに入らないのだ。
クラスでの話し合いが終わり、知香と紀子はC組の教室に行って萌絵に頼む事にした。
教室には萌絵はまだ奈々と共に残っている。
『萌絵。』
知香が呼び掛けると、萌絵は奈々の後ろに隠れた。
『萌絵、ちゃんと話した方が良いよ。』
奈々が萌絵を知香たちの前に引っ張り出した。
『知香、ごめんね。萌絵ったら夏休みの宿題全然やってないって先生に怒られた後だったから。』
受験生のくせに勉強会に誘っても来ないで家に篭って何をしていたんだろう?
『……服、作っていた……。』
いくら将来服飾関係の仕事をしたいと言ってもちゃんと高校に行かなければ始まらない。
『萌絵、家政科のある県央女子高に行って服飾学ぶんでしょ?少しは勉強しなきゃ。』
ただでさえ勉強が出来ないのに勉強をしなければ希望の高校に入る事も出来ない。
『……知香、一緒に県央女子行くと思ったのに行かないで高野さんたちと同じ学校行くなんて言うから……。』
確かに県央女子には保育科があり、知香の様に保育士を目指す生徒も集まるが、高校では保育士の資格を取る事は出来ないし、そもそも知香と萌絵の学力が違い過ぎる。
『もう、もっと現実を見なよ。』
『……じゃあ勉強教えてくれる?』
夏休みになにもしないで今さらとは思うが、少しでもやる気を見せればまだ間に合う。
『それで八木さん、去年服飾部で中世のドレスを作ったって聞いたんだけど、もし良かったらそのドレス、貸してほしいんだけど。』
紀子が本題に入った。
『……なんで?』
『うちのクラス、文化祭でシンデレラの劇をやる事になってドレスを探しているの。』
『……良いよ。』
萌絵は意外に素直に応じた。
『八木さん、ありがとう!』
『……でも、シンデレラの役は知香がやらなきゃダメ。』
条件付きだった。
『なに言ってるの?私は生徒会だから忙しいんだって。』
(なんでみんな私に振るかなぁ?)
『生徒会といったって引退するんでしょ?劇だって1日中やるわけじゃないんだから。あのドレス、知香の為に作ったのに。』
『それはそうよね。私も知香さんのシンデレラ見てみたいわ。』
紀子も萌絵に賛同した。
『なんでそうなるのよ?私が主役なんて出来る訳ないでしょ?』
『知香さんがシンデレラをやったらいっぱいお客さん来るわ。クラスのみんなも納得すると思うし、八木さんの条件を飲みましょうよ。』
『うう。閉会の挨拶もしなきゃいけないのに……。』
『知香がシンデレラやってくれるなら他のドレスも貸すから。』
萌絵は勉強もしないでかなりたくさん作った様だ。
『負けたよ……。』
知香は文化祭で劇の主役をやる羽目になってしまった。




