豊、お嬢さまに会う
朝になり、知香は豊と待ち合わせの為に見守り隊の勉強会に出向いた。
『おはよう、いずみちゃん。』
『チカねぇ、おはよう。』
最上級生になって落ち着きが出たが、いずみは相変わらず元気だ。
『おはようございます、白杉さん。』
野球部の帽子をかぶった豊がやって来た。
『おはよう、しみにぃ!』
『あれ?いずみちゃん、清水くんの事知ってるの?』
二学年違う豊といずみは見守り隊ではすれ違いのはずだ。
『しみにぃもさくらやにいたから。双葉んところに遊びに行って良くお話したの。』
人懐っこいいずみの真骨頂だと思った。
『しみにぃ、こうちゃんに会いに行くの?』
『あ、うん。』
いずみとこのみは2年前の文化祭で初めてこのみが女の子になった時に一緒に知香に付いてきた仲である。
『こうちゃんに宜しくね。』
いずみに初めて会った頃なら自分も行きたいと言っていたかもしれない。
一歩引いて空気を読んだいずみを見て成長したなと知香は感じた。
知香は豊を連れて、炎天下の街を歩いた。
『暑いね。』
『はい。』
豊が緊張しているのがよく分かる。
知香は肩の部分を紐で結ぶサマードレスに麦わら帽子をかぶっているが、汗が止まらない。
二人は今井家に着き、インターホンを鳴らした。
『どちらさまでいらっしゃいますか?』
遥の声だ。
『白杉です。』
知香が平然と答えた。
『麗お嬢さま、このみお嬢さまのお友だちの白杉さまでございますね。承っております。少々お待ちくださいませ。』
完璧だ。
『白杉さん、いつもこんな感じなんですか?』
『たぶんこれ、遥ちゃんのテストだよ。こうちゃんがここに来て初めて来た時もそうだったし。』
ビビる豊に知香は笑う。
すると、メイド服姿の遥がやって来たが遥の顔も緊張しているのが分かる。
『お待たせ致しました。ご案内致します、どうぞこちらへ。』
『遥ちゃん、頑張って。』
『お気遣い、恐れ入ります。』
遥は硬い表情のまま知香たちを案内する。
『こちらで少々お待ち下さいませ。』
リビングに案内され、二人はソファーで待つと、頼子が現れた。
『いらっしゃいませ、知香さま。本日の応対は如何でしたでしょうか?』
頼子と知香は目が合ってお互いニヤリと笑う。
『完璧でした。少し堅い感じでしたが。』
やっぱりテストだったのだ。
二人にお茶が淹れられるが、豊はカップを持つ手が震えている。
『緊張してる?』
『そりゃ、緊張しますよ。こんな場違いなところ。』
『でもね、会うのは友だちでしょ?回りは関係ないよ。』
そうは言ってもこのみはともかく生粋のお嬢さま麗と目を合わせたらメデューサみたいに石になりそうだと豊は思う。
ドアが開き、頼子が押す車イスに乗った麗が現れる。
『知香さん、ごきげんよう。』
『こんにちは。ご無沙汰しています。』
二人の挨拶は一見儀礼的に見えるがお互い信頼する相手に久し振りに会った安堵感が見てとれた。
『あなたは先日いらした……。』
『こんにちは、このみさんの友人の清水豊と申します。』
麗と直接話をするのは初めてである。
『このみさんのご友人とお聞きしてはいましたが、貴方でしたのね。このみさんも喜ぶでしょう。』
麗は気さくに豊に話し掛けた。
『あの、このみさんは今……?』
意外に話しやすい麗に聞いてみる。
『家庭教師の先生とご一緒にお勉強中ですわ。このみさんもだいぶ学力が上がって来たと先生もおっしゃっていますわ。』
一年の時に同じクラスだった豊はこのみがあまり勉強が得意とはいえない成績だと知っていた。
『失礼致します。』
康子が入ってきた。
『知香さん、こんにちは。あら、清水さんでしたの?このみさんのお友だちって?』
『こうちゃんのお母さん、ご無沙汰しています。』
知香が立ち上がって挨拶をした。
『どうも……こんにちは。』
豊も続けて挨拶をする。
康子は今まで厨房で昼食を作っていたはずだが、そうとは思えない装いである。
『麗さん、昼食の準備が整いました。』
『いつも申し訳ございませんわ。みなさん、どうぞこちらへ。』
『お食事はいつもおばさんが作っているんですか?』
知香が不思議そうに聞いてきた。
『そうですよ。結婚の条件としてお話したでしょう。今まで普通の主婦だったのに、何もしないで暮らすのは苦痛だって。厨房は今の私の居場所なの。』
康子の話に知香は納得した様だ。
ダイニングテーブルにはすでに食事が並べられ、このみが来るのを待つだけとなった。
『失礼致します。』
ノックの後にこのみの声がして、豊は息を飲んだ。
『え?知香さん、清水くん。』
来客があるとしか聞いていなかったこのみは、知香と豊の顔を見て驚いた。
豊は編み上げた髪に清楚な白いブラウス姿のこのみを見て目が点になった。




