悪夢
セーラー服を着て中学校に登校した知香をクラスのみんなが待っていた。
『アンタ、中学生になってまだそんな格好しているの?』
奈々が両腕を組んで叫んだ。
『オメェなんか誰も女だって思ってねぇよ!』
黒川が指を挿す。
『セーラー服脱がしちゃえ!』
美久が指示を出してはずみやのぞみが迫ってくる。
『止めてよ!ユッキー、助けて!』
知香が雪菜に助けを求めるが、
『何を言ってんの?あなたのおかげで私の学生生活はめちゃくちゃなんだから!』
と身に覚えの無い事を言われて、
セーラー服はボロボロに引き裂かれた。
泣き崩れる知香の前にはロリータ服を着た萌絵が顎を掴んで知香の顔を上げる。
『やっぱりアナタはニセモノ。本当の女の子の足元にも及ばないわ。』
背中を見せて笑いながら去る萌絵。
そんな場面で知香は起き上がった。
(また……こういう夢、だんだん増えてきたみたい。)
今日は病院に行く日である。
(先生に聞いてみようかな?)
三月に入り、六年生たちはもう卒業秒読みという状態で浮かれている。
『卒業式、どんな服着て行く?』
そんな会話が飛び交っていた。
知香は、今朝の夢の余韻で落ち込んでいた。
『みんなそんな事思ってないよ。』
はずみが慰める。
『大体私がそんな事言う訳無いでしょ!』
奈々は呆れ返って両手を拡げた。
『あの……』
小声で萌絵が話に加わる。
萌絵はいつも会話の輪に加わってはいるが、まず口を開かないのでみんなが注目した。
『……まだ男の子に未練があるんじゃないかな…?』
『それは無いと思うけど…』
知香は否定してみるが考えてみる。
『どうかな?チカはさ、急に女の子になっちゃったから無意識だけど未練が残っているのかもしれないよ。』
美久が萌絵の補足をする。
『そうなのかなぁ?』
給食が終わり、保健室に寄ってから歩いて駅に向かう。
今日は母の付き添いが無く初めて一人で病院に行くのだ。
カウンセリングでは一ヶ月の出来事を詳細に話す。
『それは凄いなぁ。クラスで認めてくれる子が五人居るだけでも大変なのに、人気者になるなんてね。』
先生が褒めた。
カミングアウトをして女性として生活を始めても自分の性格がそう簡単に変わる訳は無い。
それどころか、誰とも話が出来なくなって逆に引き籠ってしまうパターンもある。
『それで、最近悪い夢をよく見るんです。』
知香は夢の内容と、クラスでの会話を伝えた。
『友だちの言う事もあるかもしれないね。』
やはり無意識に男の子への未練が残っているのか?
『何か、ケジメを付けてみてはどうだろう?』
『ケジメ…ですか?』
『うん、一日だけ男の子に戻って生活してみるとか。それで夢を見なくなるって事は無いかもしれないけど一度やってみても良いかもしれないね。』
『今さら男の子に戻るなんてやだなぁ。』
先生の提案には乗り気が無かった知香だった。
帰りの電車の中でずっと考えてみた。
(ケジメ……自分の中に居る男の子とサヨナラ…卒業……)
閃いた。
(そうか、卒業か!)
知香は、小学校の卒業式を知之の姿で参加する事を決めた。
母が帰宅すると、知香は伝えた。
『おかあさん、卒業式、男の子で参加しても良い?』
今まであれだけ女の子として過ごしていたのに突然卒業式を男とはどういう事か、知香から説明を受けるまで分からなかった。
しかし、由美子は今年に入ってから知香の衣服代や医療費などが嵩んで卒業式をどうするか悩んでいたので逆に助かった。
まだ男の子の衣服は処分していなかった。
昨年、冠婚葬祭用に用意した服ならまだ着れるだろう。
『ちゃんと卒業式やらないとまた夢見ちゃうわよ。』
由美子に脅かされて、知香は小学校の卒業式を知之の卒業式にする事にした。
翌日、みんなに卒業式は知之として参加する事を話すと残念がられた。
『そんな事言うけど、みんなが未練があるとか言うからこうしたんじゃない!私だって今さら男の子で卒業式出たく無いよ。』
本音を出すものの、自分で決めた事だ。
『じゃあさ、卒業式の次の日とかみんなでパーティーしない?』
はずみが提案した。
『うん、卒業式の服でも良いし、チカも可愛い服着てきなよ。』
『それ良いね!』
六人の話を聞いていた周りの生徒たちも
『私たちも混ぜてよ。』と言ってきた。
『良いわよ。みんなで楽しくやろう!』
男子たちも話に加わってきた。
『なんだよ、俺たちも良いだろ?』
背の高い小川正人が申し出た。
『最後の最後だからね、みんなでやろう!』
『どこでやろうか?』
人数が膨れ上がり、誰かの自宅という訳にもいかなくなった。
雪菜のところのレストランならどうかな?
少し遠いかもしれないけれど、昼間なら大丈夫だろう。
『4年生まで居た志田さんちのレストラン、聞いてみよっか?』
雪菜の事を覚えている生徒も全然知らない生徒も、街道沿いの[スノーホワイト]と言えばみんな知っている市内の有名店だ。
『じゃあチカ、大変だけど幹事やってくれる?』
こうなったら仕方ない、乗りかかった船だ。
『分かった。みんな、手伝ってね。』
とりあえず、雪菜に連絡してみる事にした。




