テレビ局の策略
知香たちのインタビューを終え、ディレクターの萩原とリポーターの田中たちは市内のシナノテレビに戻ってきた。
『田中、良くやった!』
萩原は喜んで田中の手を握った。
『え?高校生リポーターの話ですよね。』
高校生リポーターとはシナノテレビが毎週土曜日に放送しているお昼のワイド番組で女子高生たちがリポーターとなって県内各地の情報を伝えるコーナーである。
インタビューの最中、田中は舞い上がっている知香とはずみにどさくさ紛れに高校生になったらリポーターをしてほしいと言って了承をもらっていた。
『そうだ。でもあの二人、リポーターじゃ勿体ないと思わないか?』
『は?』
『あの二人に司会をやらせるんだよ。最近、素人がメインの番組が少ないがあの二人なら上手くこなせそうな気がするんだ。』
『長年の勘……ってヤツですか?』
『ああそうだ。性同一性障害の女の子とその従兄弟と恋愛関係になっている親友。あの男の子もビジュアルは悪くないし、彼も上手く使えれば面白いぞ。』
萩原は捲し立てる。
『それは良いですけど、今の[週末シナノスクランブル]どうするんですか?』
『芸人のギャラが高いんだよ。大して売れてないのに、調子に乗りやがって。』
今のMCを降ろして知香たちを後任にするつもりだ。
『そんな上手くいくんでしょうかね?』
『そのあたりを上手く根回しするんだよ。まず大人を攻略していこう。』
なにやら不穏な空気が流れてきたみたいだ。
知香たちは送り火をして、その日の午後は新幹線で戻る事になっている。
『はずみん、ひとりで自由席大丈夫?』
知香たちが予定を決めて指定席の切符を買った後にはずみが一緒に行くと言ったため、指定席券は買えなかった。
しかし、Uターンの客で自由席は大混雑である。
『長野始発だから、先に行って並べば大丈夫だよ。座れなくても1時間だからね。』
『爺ちゃん、先に松嶋さん送るから駅まで良いかな?』
『松嶋さんなんてよそよそしくないか?』
普段二人だけの時ははずみちゃんとか言っているくせに俊之の前だとからかわれたくないので苗字で呼んだ。
『かえって車の中で弄られるよね、あれは。』
俊之は一度一郎とはずみを駅まで送り、戻ってきた。
『帰りに一郎を拾って行くから長野駅に直接行くぞ。』
俊之は早く支度する様に急かした。
『お爺ちゃん、何度もごめんね。』
『なに、ともが悪い訳じゃない。あの二人にはこれからも振り回されそうだ。』
そう言った俊之は嬉しそうだった。
『お爺ちゃん……ごめんね。』
『なんだ、お前が謝る必要はないって言ったろう。』
『そうじゃないの。孫の顔を見せられなくて。』
俊之は知香と一郎が小さい頃から二人をどっちが先に孫の顔を見せてあげられるか競争だと言っていた。
『それは仕方ない。しかしな、あいつら子どもを5人くらい産むって言っていたぞ。一人くらい分けてもらいなさい。』
『そんな、犬じゃないんだから。』
そうはいっても知香は大の子ども好きである。
そういう形でも自分の子どもを育てられたら嬉しいとは思う。
『後はお前がどんな相手と結婚するかだな。ともの場合、相手が男か女かも分からん。あの、萌絵ちゃんと言ったっけか?あの子とは上手くやっているのか?』
『うん……まぁね。』
知香の返事ははぎれが悪い。
去年の夏休みはほとんど二人一緒にいたのに、今年の夏は2日ほどしか会っていない。
萌絵が勉強嫌いな事もあるが、知香を避けているみたいである。
『ともが男の子なら相手が女の子であるべきだがどうも最近の恋愛事情とかは分からん。気になる男の子とかいないのか?』
知香の頭の中に一瞬高木の顔が浮かんだが否定した。
(まさかね。)
長野駅の駐車場に車を停め、改札を抜けホームに上がると駅始発の新幹線がすでに停まっていて、自由席の列の先頭の方にはずみと一郎が並んでいた。
『一郎。』
『あ、爺ちゃん。』
一郎が列から離れ、はずみは一人になる。
『じゃはずみん、また後でね。駅からは送るから。』
そう言って知香たちは指定席の車両に向かった。
『じゃあお爺ちゃん、いっちゃん。またね。』
『今度来る時は高校入学が決まった後か?身体には気を付けて頑張れよ。』
俊之に励まされる。
『うん、ありがと。いっちゃんも受験頑張ってね。』
『おう。』
発車時間が近くなり、知香たちは新幹線に乗り込んだ。
新幹線の車内はUターンの客で超満員である。
知香は自分の席から窓越しに俊之と一郎を探してみる。
(いたいた。……あれ?)
俊之に男性が近付いて名刺を渡して挨拶をしているのが見えた。
(あの人って……。)
昨日インタビューをした時のディレクターである。
一郎が隣にいるから相手が知香と一郎の祖父と分かっての接触だろう。
(何を話してるの?)
非情にも話は聞こえず、新幹線は走り出してしまった。




