閻魔大王に会おう
迎え盆の朝、みんなが裏庭にあるお墓に集まった。
お墓をきれいに洗ってお花を添え、俊之の指示で一郎がかんばに火を着ける。
『わっ、真っ黒!』
かんばの煙は黒く、もくもくと上がっていく。
『ご先祖さまがこの煙を頼りに帰って来るんだよ。』
はずみは見た事のない風習に驚き、感心した。
家に戻り、食卓には天ぷらやおやきが並んで大人たちは昼間から酒を飲む。
『なんだ、これは?』
饅頭も天ぷらにしてお供えとは別に食卓に上がっている。
『意外といけるね。』
『酒には合わんな。』
女性や子どもたちには好評だったが男たちには今一つの様だった。
『全く、ああなると1日中飲みっぱなんだから。』
知香は呆れて縁側に一郎とはずみを誘い出す。
『うちの先祖はみんな飲んべだったらしいからな。お盆で帰ってきたから一緒に飲もうって口実なんだよ。』
『一郎くんはそうならない様にね。』
今から一郎ははずみに釘を刺されている。
『でもうちはお父さんあまり飲まないし、逆にお母さんこういう時はよく飲むんだよね。どうしてだろ?』
『爺ちゃんも飲んべだったから伯父さんは反面教師にしたんじゃないかな?』
博之は長男であるが県内の国立大学を卒業後、東京の企業に就職をして家を出たらしく、真面目を絵に描いた様な人物だ。
知香は博之の真面目な部分と由美子の時々いいかげんな部分を上手く引き継いでいる様である。
『あなたたち、面白くないでしょ?夜は善光寺さんにでも行ってきたら?』
佐知子が麦茶とおやきを持ってやって来た。
善光寺では8月14・15日にお盆縁日と大盆踊り会が行なわれる。
『私は良いよ、当てられるから。二人でどうぞ。』
『だめだめ。二人っきりで暗い所とかに行ったら危ないでしょ。ともはお目付け役。』
一郎にそんな度胸はないと思うが祖母の言葉に従う事にした。
知香たちは浴衣に着替え、大人たちの中で唯一お酒を飲んでいない佐知子の運転で麓の駅まで送ってもらった。
『帰りはこの電車に乗って帰ってきてね。迎えに来るから。万一の時は必ず電話しなさいね。』
帰りの電車の時間を指定されて見送られた。
善光寺のお盆縁日は2007年、本堂の再建300年を記念して復活したもので本堂の前に大きな櫓が組まれて盛大に盆踊りを踊る。
夕方は小学生くらいまでの子どもの部があり、7時からは誰でも参加出来る大人の部になる。
『凄い人だね。』
外国人や東京方面からの観光客も多く訪れている様だ。
『すみません、シナノテレビと申します。ちょっとインタビュー宜しいでしょうか?』
(あれ?なんか聞き覚えがある様な……。)
知香たちが振り返ると、2年前の十三参りの時にインタビューをしたディレクターだった。
『あ!』
『性同一性障害の……埼玉のともちゃん!』
余程インパクトがあったのだろう、ディレクターは名前まで覚えてくれていた。
『田中ちゃん、覚えてる?2年前にインタビューした子よ!』
インタビューしたリポーターの田中が呼ばれた。
『覚えてますよ。あの後インタビューの映像を使わしてくれって東京から制作会社の人が来たじゃないですか?あの後のドキュメンタリー番組観たわよ。』
田中が興奮して話す。
『あなたも出てましたよね。ともちゃんのお友だち?』
番組の登校シーンにはずみが映っていたのである。
『あ、はい。チ……知香の友人で、隣は知香の従兄弟で私の彼氏です。』
『ばか、はずみん!』
はずみは舞い上がって聞いてもいない事まで答えてしまった。
『ははは、ともちゃんのお母さんみたいに面白い子ね。3人一緒にテレビに映って大丈夫?』
『大丈夫です。あ、お婆ちゃんたちに電話して良いですか?』
知香はテレビに出る事とその場面を録画してほしい旨を佐知子に電話で伝えて、インタビューに応じた。
インタビューは6時台のニュースの中で生放送される。
『ありがとうございました。2度も会うなんてびっくりね。それに知香さんは言葉もしっかりしているし、カメラ慣れしているみたいだから一度スタジオにも来て欲しいわ。』
『知香は学校で生徒会長やっているんです。』
はずみがいとも簡単に余計な情報を漏らす。
『もう、はずみん!受験なので長野に来るのは来年の春以降になりますけど。』
『大丈夫。高校生になった知香さんのお話を聞いてみたいわ。』
インタビューが終わった知香たちは立て看板を見て本堂で閻魔大王特別参拝がある事を知り、ちょうど7時から法話が始まる様なので参拝する事にした。
『嘘をついたり悪い行ないをすると閻魔大王に裁かれ地獄に落ちるんだって。私、大丈夫かな?』
男に生れたのに女になって生きていくのは嘘を付いた事にならないか不安になった。
『チカは正直過ぎだから大丈夫じゃない?閻魔さまって地蔵菩薩の化身だから本当は優しいんだって。』
はずみはパンフレットを読みながら解説する。
『真面目に、嘘を付かずに生きていこう。』
知香は閻魔さまのだるまを買って帰路に付いた。




