それぞれの進路
修学旅行が終わり、三年生は高校受験に備えて準備をする時期がやって来た。
もちろん、美久の様に最初から目標があり早い時期に塾に通う生徒も大勢いるのだが、普通は部活を引退する三年の夏休み以降からという生徒が多い。
知香の場合、性同一性障害のトランスジェンダーを受け入れる学校探しから始めなければならないが、1学年下にこのみも控えているから進路指導の先生たちも積極的にリサーチしていた。
『失礼致します。』
知香は進路指導の下柳先生に呼ばれた。
『おう、白杉か、ここに座れ。』
『はい。』
知香は下柳先生の向かいに座った。
『自宅から通える範囲の全ての高校に聞いてみたが、公立も私立も共学は大丈夫で、女子高は前例がないので分からない、難しいという答えがほとんどだ。』
最近は性同一性障害の生徒が増えている事もあり高校も断る理由が無くなってきている。
『ありがとうございます。』
下柳が作成したリストを見せてもらったが、下柳が言った通りである。
県立で唯一保育科がある女子高も受験は難しい様だ。
『私を受け入れてくれる学校ならどこでも構いません。どっちみち保育士になるには短大か専門学校に行く事になるだろうし。ただ高校に行っても病院には通わなければならないから病院からあまり遠い学校は避けたいです。』
病院は県庁の近くだから学校も多く、女子高だが麗のその近くに通っている。
但し、電車だと1時間の距離なので毎朝自宅から通うには結構負担が掛かる。
(お父さんと一緒に通えるかな?)
父の博之は都内通勤なので、途中までは同じルートである。
『白杉の内申ならこの辺の学校なら大丈夫だろう。』
『検討します。』
進路指導室を出て知香はため息を付いた。
(自分に合う学校探しって大変だな。)
教室に戻ると紀子が待っていた。
『知香さん、どうでした?』
『うん、共学なら問題ないみたい。』
『私も知香さんと同じ高校に通えるかしら?』
紀子が一番のハードルかもしれない。
『でものりちゃんの病気が完治したら私がいなくても大丈夫でしょ?』
『そんな冷たい事言わないで。いつ治るか分からないし、大丈夫だなんて言えないわ。』
紀子は淋しそうな目で知香に訴える。
修学旅行以来、かえって甘えの症状が強くなった気がした。
翌日、雪菜や美久とも進路の会話になった。
『私は商業一本だから。お店継げって言われてるし。』
『私は看護科がある県立高校。』
雪菜も美久も親の後を追うのだ。
美久は県内唯一の看護師養成専門の県立高校を目指す。
『美久はブレないね。』
小さい頃から母に憧れ、ずっと看護師を目標に頑張ってきた美久を知香は尊敬している。
『私も頑張らなきゃ!』
知香も高校を卒業する前に戸籍を変更して保育士への道を目指す決意だ。
『高木くんはやっぱり進学校?』
知香たちの脇を通りがかった高木に振る。
高木は本来私立中学に行く筈だったが親に反発して受験の時に白紙で答案を出し市立三中に入学したのだ。
『高校はどうでも良い。最終的にオヤジの言う通りの大学に入れば良いんだからな。』
大した自信だが、高木は毎回オール5が当たり前なので口だけではない。
『高木くんの場合性格だけだからね。』
『なんだと?』
雪菜に誂われるが本当の事だ。
『じゃあ高木くん、私たちと一緒の学校行く?』
『私たちと……って?』
紀子だけでなく複数なのが高木には理解出来ない。
『もう、知香さんに決まってるでしょ。私、修学旅行の時みたいに発作が出ると困るから知香さんに一緒の高校行きましょって約束しているの。ね、知香さん。』
『まぁ、ね。』
知香は困った顔で紀子に合わせた。
『白杉とか……。』
『紀子さん、高木くんが私と一緒に行きたいなんて言うわけないじゃん。』
知香はまだ高木に嫌われていると思っている。
『そんな事無いわよ。だってあのラ……。』
『ば、ばか!』
紀子がラブレターと言い掛けたので高木が慌てて止めた。
知香に対する一連のラブレターを差し出したのは高木だと言う事を紀子は知っている。
『二人が行く高校ならそう偏差値も低いところではないだろうから行っても良いぞ。』
赤い顔で高木は言ったが逆に言えば楽勝なのだろう。
『良かったわね、知香さん!』
紀子が知香の両手を握って喜ぶが、知香は何故そこまで喜んでいるのか分からない。
『どうしたの、紀子さん?』
雪菜と美久は何となく高木が知香に惚れている事が分かった。
『ふーん、なるほどね。』
『なるほどって何よ?』
知香にしてみればまさか高木が自分の事を好きだなんて思ってもみないので雪菜たちの反応が理解出来ない。
『と、とりあえず受験、頑張ろう!』
高木は赤い顔で自分の気持ちを誤魔化す様に叫んだ。




