セーラー服
駅前の商店街は人気が少なくシャッターを下ろしている店が多い。
ただでさえロードサイドの郊外店に客を奪われていたが、区画整理事業のために雪菜の両親がやっている店などは移転してますます寂しい感じになった。
老舗洋品店のさくらやは普段は客もほとんど来ないが、市内中高の指定制服店なのでこの時期は忙しくなる。
市営の駐車場に車を止め店に入ろうとした由美子と知香は、小さい影を発見した。
『いずみちゃん?』
『あ!チカねぇだ!』
のぞみの妹いずみとその友だちで双葉という名だそうだ。
双葉はお店の孫娘でこの店は[放課後見守り隊]に加盟している為いつものぞみが迎えに来るまでここでいずみは待っている。
(て事はのぞみんもここに来るのか……)
『いらっしゃいませ。白杉さんはのぞみちゃんのお友だちなのね。のぞみちゃんも三年生くらい迄はよくここで預かって居たのよ。』
双葉の祖母である漆原節子が説明する。
『双葉のおばあちゃん、チカねぇは男の子なんだよ。』
いずみは人懐っこくて可愛いけれど口が軽くて困る。
『いずみちゃん、そんな事言っちゃダメよ。』
節子が咎めるが由美子は
『あの、本当の話なんです。』
『あらま?そうなの?』
『はい、そうなんです。でもいずみちゃん、みんな驚いちゃうからあんまり言っちゃダメ!』
翌日小学校で一斉注文があるのに何故今日白杉母娘が制服の注文に来たのか不思議だったがその疑問が解けた。
『それじゃ、採寸しましょ。知香さん、こちらにどうぞ。』
節子がメジャーで知香のサイズを計る。
『びっくりだねぇ。これで胸が出てくれば本当に女の子だわ。』
まだホルモン治療を始められない知香の胸は全く無い。
『まぁ三中はセーラー服だしブレザーより目立たないかもね。』
採寸が終わり、合いそうなセーラー服を渡され更衣室に入る。
狭い個室で私服を脱ぎ制服を手に取るとどきどきしてきた。
紺のスカートと三本線が入った衿と袖。
確認しながらボタンを留めて、カーテンを開けると歓声が上がった。
由美子と節子、いずみと双葉、それといつの間にのぞみが来ていた。
『チカ、似合うよ。やっぱり可愛いのう…』
おじいさんみたいにのぞみか言った。
『何言ってんのよのぞみん!のぞみんだって似合うよ。』
『良いわね〜。私の学生の頃みたい!』
由美子がスマホで撮影する。
『私も撮って良い?』
のぞみも続く。
『なんだかなぁ……。これで男なんだから。』
『のぞみんがそういう事ばかり言うからいずみちゃんも男・男って言うんでしょ!』
『ごめ〜ん!』
似たもの姉妹である。
『この写真みんなに送るからね。』
のぞみは懲りていない。
『んもう!』
『でも本当に分かりませんね。明るいしのぞみちゃんとも仲良くて。』
節子が由美子にお茶を入れて言った。
『二ヶ月前まで男の子で学校に通ってたんですよ。その頃は全然喋らないし友だちも居なくて。』
『チカ、なんだったら男子の制服も着てみれば?』
のぞみが囃し立てる。
『詰め襟なんてやだー!』
考えてみればちょっと前まで詰め襟の制服を着て中学校に通うものだと思っていた。
今となっては[知之]の制服姿をイメージする事が出来なくなってしまった。
由美子は心からこれで良かったと思うのであった。
翌日、のぞみは知香のセーラー服写真を見せて回った。
『可愛い〜!チカ似合うね!』
良く撮れていた。先日萌絵の家でロリータ服を着てさんざん撮影したのが役に立ったのかもしれない。
『のぞみはなんでいつも抜け駆けするのよ〜!』
いつもの様に奈々が騒ぐ。
『私も奈々のセーラー服見てみたいな。後で撮って送ってよ。』
こういう対応が最近上手くなった。
『私なんかどうせ幼稚園児がセーラー服着てるとか言われるだけよ!』
背が小さい奈々はコンプレックスを持っていたが、怒りながら顔を赤くしていた。
本心は知香から言われて嬉しい様だ。
『じゃあ、私教室で待ってるから。みんな写真見せてね。』
他の生徒が別の部屋に移動して、ひと息付く。
『ふぅ〜。』
本当は禁止されているスマホを出して萌絵が撮ったロリータ服の写真を見てみる。
『良いけどさすがにこれで外歩けないなぁ。』
一人呟いてみた。
『白杉、可愛いな。』
ギョッとして振り返ると同じ班の男子生徒、小川正人が立っていた。
小川は背が高く、痩せ型なので上から見下される感じである。
『ゴメンな。注文書机の中に忘れてきちゃってさ。』
席が近いし、背が高いために目に入ってしまった様でわざとでは無いのは分かった。
以前、同じ班の男子同士だったのでよく共同作業をしていたが、どちらかというと知之は約立たずで迷惑を掛けていた。
『俺さ、白杉に謝りたくてさ。黒川がからかった時とか何も言えなかったし。』
小川は高い背を折って謝った。
『いつも迷惑を掛けていたのは私なのに…』
『そんな事無いよ。ウチの班、男子少なくなったけど力仕事とかあったら頼っていいから。』
知之が知香となった事で男子と女子の比率が変わってしまった。
『遅れるから、またな!』
小川がそんなに優しいとは思わなかった。
今まで単に同じ班の仲間だっただけだと思っていたのにちゃんと女子扱いをしてくれる小川に好意を抱いた知香であった。




