のりちゃん再び
知香たちは観光を終えて、旅館に戻ってきた。
『先生、紀子さんはどうしていますか?』
ロビーで待ち受ける木田先生に真っ先に知香が聞いた。
『大丈夫、もう落ち着いてきたから。ずっと白杉さんの事呼んでたけどね。』
『ありがとうございます。』
知香は紀子が休んでいる先生たちの部屋に向かった。
『失礼します。』
『どうぞ。』
浅井先生の声を聞き、部屋に入るとおもむろに紀子が抱き付いてきた。
『知香お姉ちゃん!』
高い声で叫んだ。
『のりちゃん、ごめんね。』
『のりこね、ずっと我慢してたの。最近お姉ちゃん遊んでくれないから。』
そうだ、春休みもゴールデンウィークもほとんど紀子と会う事はなかった。
もう症状が出なくなり紀子自身が言って来なかったから安心していたのだ。
『美久、こういう事あるの?』
一緒に来た雪菜が美久に尋ねた。
『よく分からないけど紀子さん、強がりだから逆に誰かに甘えたい願望があってその対象がチカだったらしいの。事故の時一時記憶障害になってチカに甘える事で精神的な安定を得たっていう話なんだけど。』
それが知香がふざけて清水の舞台から飛び降りる振りをした事で甦ってしまった訳だ。
『大丈夫だよ。お姉ちゃんずっとここにいるよ。』
紀子は安心しきった表情で知香の膝の上に頭を乗せて眠った。
『それにしてもともち、紀子さんからあれだけ嫌がらせをされていたのに凄いね。』
『あの嫌がらせって本当は生徒会長になるためじゃなくて私と一緒に仕事をしたい為に気を引きたいって言うのがエスカレートして止められなくなったんだって。確かに最初はいろいろ思ったけど、甘えてくる紀子さん可愛くて。』
紀子の寝顔を見て知香は言った。
『ともちも不思議だよ。』
雪菜は呆れ返っていた。
『広間に集合する時間だけど、どうする、チカ?』
時計を見て美久が聞いた。
『このまま紀子さん見ていた方が良いと思う。』
『そうね。先生たちはみんな事情知っているから原田さんと志田さんふたりは行きなさい。』
浅井先生に言われ、雪菜と美久は広間に向かった。
『白杉さん、大丈夫?』
『はい、慣れてますから。』
浅井先生は知香を気遣うが、いつもの事である。
『知香さん、ごめんなさい……。』
『のりちゃ……紀子さん、起きたの?』
普段の紀子に戻っている様だ。
『私ももう大丈夫だと思っていたけど、たまに夜とか怖くなるの。まさか、あそこで症状が出るなんて。』
我慢し続けていたものが決壊したのかもしれない。
『もう我慢しないで学校でも甘えて良いよ。人の目なんか気にする事はないから。』
『ありがとう。……知香お姉ちゃん。』
『さて、これからどうしましょう?今日は各部屋で夕食なんだけど。』
『みんなと一緒で大丈夫だよね。』
『うん。……でもお風呂は知香さんがいないと怖い……。』
知香はみんなと一緒に入浴出来ないが、その時に発作が出るかもしれないのだ。
『教育上問題だけど、白杉さんと高野さんが一緒に入りなさい。私も付き添うから。』
浅井先生が決断した。
萌絵と一緒に入浴した事はあるが、まさか修学旅行で紀子とふたりきりでお風呂に入るなんて思いもよらなかった。
『ありがとうございます。』
とは言うもののこっちの方が恥ずかしい。
知香は紀子を連れて自分たちの部屋に戻った。
『おかえり。』
今日は別のグループの明日香たちも同じ部屋だ。
『私たちも話は聞いたから大丈夫だよ。』
知香も紀子もほっとした。
『良かったね、のりちゃん。』
『うん。』
紀子の高い声にみんな驚いたが、直ぐに受け入れた。
テーブルには卓上コンロが置かれていて、係りのお兄さんが夕食を持ってきた。
『すき焼きだ!』
『最初に味付けをするから、後は自分たちで調節してね。』
熱した鉄鍋に牛脂を溶かし、肉を半分ほど乗せる。
砂糖をカレースプーン山盛り4匙肉の上に入れ、卓上醤油を鉄鍋に10周させて肉に馴染ませ、肉に焼き色が付いたら野菜や豆腐を入れる。
『これで煮えたら食べられるから慌てないでね。』
お櫃に入ったかやくご飯を茶碗に盛り、すき焼きも煮えてきた。
『いただきます!』
紀子は知香に寄り添いながら美味しそうに食べている。
『なんか母娘みたい。』
こんな事は知香しか出来ないと雪菜は思った。
食事が終わり、みんなが入浴した後に知香と紀子も入浴した。
大浴場から戻ったふたりはの顔は火照って赤くなっている。
『おかえり~。どうしたの?』
珍しく知香が恥ずかしがっている。
『のりちゃん、私の身体じろじろ見るんだもん……。』
『知香お姉ちゃん、やっぱりAカップくらいあったよ。下もあったけど……。』
幼児声で言われると余計に恥ずかしい。
『えー、良いなぁ。のりちゃん、ずるいぞ。』
雪菜が紀子に枕を投げつけた。
『いた~い!お返し!』
紀子の投げた枕は藍に当たり、枕投げ大会は開幕した。
『よ~し、やるぞぉ!』
知香も参戦し、枕投げは見回りの先生に注意されるまで続いた。




