智美との会話
時計を見ると京都に到着するまでまだ1時間くらいある。
知香と智美は木田先生たちが座っていた座席に座ると、向かいには沢田校長と黒木先生が座っていた。
(ふたり共、逃げたな?)
20代の若い女性教師がベテランの校長先生と学年主任に囲まれるなんて仕事とはいえ苦痛だろう。
『智美さん、うちの校長の沢田先生と学年主任の黒木先生です。』
『よ、宜しくお願いします。』
智美は恐縮している。
『白杉くんは生徒会長を務めていて他の生徒からも高い人気なんだ。』
『校長先生!』
沢田が知香を自慢するが、知香にとっては余計なお世話だ。
ますます智美は萎縮してしまう。
『すみません、ふたりだけでお話させて戴けますか?』
そう言って知香は3人を一度立たせて座席を回転する。
『良いんですか?』
『良いの。せっかく木田先生たちが気を遣ってくれたんだから。』
智美は校長先生を前にしても物怖じしない知香を見て怖じ気付いた。
『私だって男の子の頃は人付き合いが苦手だったんだよ。』
『まさか?そんな風に見えない。』
人付き合いが苦手だった生徒がどうして生徒会長になり、校長先生と普通に会話出来るか智美は信じられない様子だ。
『開き直りだよね。女の子になるためには迷いとか遠慮とかしたら駄目だから。でも積極的にはなったと思うけど人を押し退けようとか思った訳じゃないし。』
生徒会長だって確かに紀子に勝たなければと思っていたが、紀子が勝手に自滅した訳だし無理やり会長に収まった訳ではない。
『凄いんだね。私も小さい頃から男の子でいる事に違和感があったんだけど背が高くて女の子の服は似合わないと思ってたの。』
『でもきっかけはあったんでしょ?』
今智美でいるにはきっかけがあり、行動があったからであり、知香はそれが聞きたかった。
『私、バレーボールをやっていてね。二年生の時、次のキャプテンにって言われたんだけど自分ではキャプテンなんて向いてなかったし、自分の望んでいる姿とどんどん逆になっていったから引き篭もっちゃって。』
この背丈ならバレーボールでキャプテンに指名されるのも納得出来るが、本人はそう思えなかったのだ。
『9月から11月まで学校に行かなくてバレー部も辞めたの。でもその時に一緒にバレー部だった友だちにね、お前のやりたい事をやれば良いって言われてその友だちにカミングアウトしたの。そうしたら驚いていたけどそれがお前の望んでいる道なら俺は応援するって言ってくれて。』
『良い友だちだね。私も友だちのおかげでここまで来れたと思っているし。そう、さっき来たきな子とか。』
『きな子?』
『雪菜って言う名前なんだけどね、幼なじみで小さい頃から女装させられていたの。でも遊びって言うよりなんとなく分かっていたみたい。』
知香は今でも雪菜を最大の恩人だと思っている。
『他にもたくさんの友だちに支えられたから、友だちは大事だと思っているよ。だからそのバレー部の友だちもそうだし、たくさん理解してくれる友だちが出来たら良いよね。』
女の子としては先輩の知香からのアドバイスだ。
『でもキモいって言われる事もあるし、本当にこれで良かったのかな?って思うの。』
知香は智美には経験値が不足していると感じた。
『女の子になってまだ数ヵ月でしょ?身体だってこれから変化するし、女を磨いていけばみんな何も言わなくなるよ。』
どこまでも前向きな知香に智美も少し自信を取り戻した様だ。
『ありがとう、私も頑張る。』
『うん、一緒に頑張ろう。もし良かったらそのバレー部の友だち、紹介してくれない?』
そう言いながら知香は車両の中程にいた雪菜を呼び寄せた。
『改めて、親友の志田雪菜さん、きな子。こちらはM市から来た鈴木智美さん。』
『美久より大きいね、宜しく。』
雪菜も160センチと大きい方だが智美を見上げる様に挨拶した。
因みに美久は166センチある。
3人は校長と黒木先生に挨拶をして隣の車両に移った。
『あそこにいるのがバレー部の木村彰吾くん。』
智美は知香たちに紹介する。
『はじめまして、埼玉から来た白杉知香です。』
『同じく志田雪菜です。』
『あ、はじめまして。木村です。さっき先生が言っていた鈴木と同じ様な生徒って君の事?』
彰吾は立ち上がって挨拶を返した。
トイレから帰って来ない智美の代わりに木田先生が来たので知香の事は聞いていた様だ。
『それにしても、本当の女の子と見分けが付かないなぁ。』
彰吾は雪菜を見て言った。
『あのー私、生まれた時から女の子なんですけど。』
隣で知香が大笑いしている。
『て事は君が?ますます信じられない?』
雪菜が膨れっ面をして怒り、周りの生徒たちが騒然となった。
『鈴木も頑張らなきゃな。』
彰吾は智美に向かって言った。
『大丈夫です。まだ中学生なんだし、智美さんキレイな目をしているからこれからどんどん女性っぽくなると思います。それこそ私なんか逆立ちしても追い付かないくらいな美人にね。』
知香は自分は頑張ってもモデルの様にはなれないが、智美にはその素質があると思った。
『だから木村くんもみんなも智美さんの事を応援して下さい。キモいなんて言ったら将来後悔するかもしれないよ!』
知香の言葉の魔法に智美のクラスメイトたちは乗せられた様だ。
『今からサイン貰っちゃおうかな?』
なんて言う男子生徒もいた。
『知香さん、ありがとう。』
間もなく京都に到着という車内放送があり、知香と雪菜は智美たちと別れて自分たちの車両に戻っていった。