衣替えと修学旅行
中間テストが終わり、初めてのホルモン注射を打った翌日、知香は普通に登校した。
『どうですか?』
自分も来年からホルモン治療を始めるこのみは気になって仕方ない。
『筋肉注射って凄く痛いの。これを毎回やると思うとぞーっとするよ。』
『そうなんですか?』
ホルモン製剤には経口やパッチなどもあるが、内臓に負担が掛からず効果がある注射が一番良いとされている。
『でも昨日の今日だしあまり変わった感じは無いよね。』
2度目の注射は2週間後になる。
『こうちゃん夏服になったの?』
『はい、このところ暑いですし。』
衣替えは6月からであるが、学校の制服に中間服はないので早く夏服を着ても良いと言われている。
が、夏服になると胸が小さい事が目立つので知香は人工乳房でごまかしているがこのみは気にしていない様だ。
『事実だから仕方ないです。』
このみがホルモンを始めるのは来年の9月からだから大きくなり始めるのは冬服になった頃である。
6月になり、知香も夏服になった。
教室では修学旅行のグループ行動について話し合いをしている。
京都の市内では通常の班構成と異なり4人一組でタクシーに乗って行動をするのだ。
知香のグループは雪菜、美久、それに紀子が加わったが、旅館では別のグループと合わせて二組が一緒になるが知香だけは一人部屋を宛がわれる予定だった。
『先生、なんで白杉さんは別の部屋なんですか?』
学級委員の紀子が木田先生に噛み付いた。
『白杉さんの身体はまだ男の子です。去年の様に気の知れた3人くらいならまだ大丈夫だと判断しましたが、8人となるとそうはいかないでしょう。』
口には出さないが嫌悪感を覚える生徒もいるかもしれないし、来年はこのみも修学旅行に行くのだ。
先駆けである知香が与える影響は多いのである。
(みんなと一緒なら枕投げしたいなぁ。)
予め一人部屋だと聞かされて分かっていた知香は呑気に紀子と木田先生のやり取りを聞いていた。
『修学旅行は団体で行動、生活する事に意味があるんじゃないですか?白杉さんがひとりだけ別の部屋になんて納得出来ません!でしたら私も白杉さんと同じ部屋に行きます!』
紀子は知香と一緒に寝たいだけなのだろう。
『団体で生活というのは正論だと先生も思いますが、だからと言って高野さんと白杉さんふたりだけ一緒というのは本末転倒です。他のみなさんは如何ですか?』
『私は白杉さんの実家に泊まったりした事もあるから平気です。』
雪菜は全く問題が無い。
『私も小学校の頃から保健係をしていて白杉さんの事はよく分かっているから大丈夫です。』
『保健係で分かっているってどういう事なんだよ?』
美久の発言には男子の冷やかしもあったが、看護師を目指す美久は動じない。
『私たちも大丈夫です。白杉さんの事全然男の子に見えないし今さらって感じだから。』
別のグループは一年で同じクラスだった佐野明日香と、嶺井陽菜、田所寧々、山野藍の4人が一緒の部屋になる予定だが4人とも問題は無い様だった。
『分かりました。白杉さんも大丈夫ですか?』
『は、はい。枕投げが出来れば……あ、全然問題無いです。』
他人事の様に傍観していた知香だったが、急に自分に振られ慌ててしまった。
『では白杉さんも佐野さんたちのグループと同じ部屋という事で良いですね。』
木田先生が認めた。
『みなさん、ありがとうございます。』
紀子が明日香たちにお礼を言った。
『高野さんじゃなくて白杉さんだから良いって言ったのよ。』
知香より紀子の方がまだ問題がある様だ。
(逆に紀子さんの事を考えるとこれで良かったかも。)
『紀子さん、ありがとう。ホントはみんなと一緒にお話したりしたかったから嬉しかったよ。』
知香の本音である。
修学旅行に来て一人部屋というのはなんとも淋しい。
(でも来年、こうちゃんはどうなるかな?)
学校側の説明では今後知香の様な生徒に関しては一人部屋となる様だったが、今回の様に臨機応変に対応してくれればそれに越した事はない。
『もし、認めてくれなかったら夜中に知香さんの部屋に行こうかと思っていたの。』
それでは夜這いであり、見付かったら大変な事になる。
認めてもらって良かったと知香は思った。
『やっぱり知香さんは違いますね。私は今回シングルルームになりました。』
二年生のこのみたちは去年の知香たちと同じ東京の研修施設に1泊するが、シングルルームに空き部屋があったので最初からシングルが宛がわれた。
『麗さんも修学旅行に行ってないから何かお土産買わなきゃね。』
『麗さん、どうせ知香さんそう言うだろうけど京都は何回も行ったからいらないって言ってましたよ。』
先を読まれていたが、知香は普段お嬢さまが食べない様なお菓子なら喜ぶだろうと思っている。
修学旅行はもうすぐである。