このみと遥
『今日みなさんに集まって戴いたのはLGBTなどの性的少数者についてのお話です。』
司会は浅井先生だ。
『基本的に私たちは男と女のふたつの性に分類されます。男性と女性が愛し合って結ばれる事で子どもが生まれ、それを世界中の人たちが繰り返して人類の発展をしてきました。でも中には男なのに男性を好きになったり、女なのに女性を好きになったり、あるいは違う性になりたいと思い男装や女装をするという人は昔から一定数居たと言われています。それらの人たちは長い間ずっと変態とか異端視扱いされていましたが決して特別な存在ではないという事が分かってきました。今は自分は関係ないと思っている人たちもあるきっかけで好きになってしまった人が自分と同性だったり、大人になって就職してから違う性になりたいと思う人も多く、誰だってなりうる事なのです。』
生徒たちは静かに聞いている。
『この三中には一昨年、性同一性障害の認定を受けた白杉知香さん、同じく去年は上田このみさんが入学されました。私たち教職員も最初は戸惑いがありましたが、生徒のみなさんが普通に接して何も問題なく学校生活を送られています。もしかしたら他にも性の事で悩んでいる生徒さんもこの中にいるかもしれませんし、これから先も入学してくる事になるでしょう。今日はみなさんにより理解を深めてもらうために集まってもらいました。白杉さんや上田さんのお話も聞いて戴きますが、みなさんもなにか質問などがありましたら最後にお受けしますので宜しくお願いします。』
『なんかみんな真剣だし、大丈夫でしょうか?』
壇の端に並んで座っているこのみが不安そうに言った。
緊張で顔が青ざめている。
『原稿通りに読めば大丈夫だよ。』
このみが考えた原稿は知香や浅井先生も事前にチェックしてある。
『それでは上田このみさんのお話です。』
浅井先生から紹介され、このみが壇の中央に向かう。
歩き方がぎくしゃくしてロボットの様だ。
(落ち着いて!)
知香は心の中でこのみを応援する。
『……二年C組の上田このみと申します。……本当は、上田康太という男子ですが、去年、小学校の終わり頃に性同一性障害の認定を受けて女子生徒の上田このみとして学校に通う事になりました。』
少したどたどしい感じだったが、噛みもせずしっかりした口調でこのみは話し始めた。
『私の小さい頃は友だちとサッカーをやったり、ゲームをやるのが好きな普通の男の子でした。でも小学校に上がった頃から父から暴力を受ける様になりました。その頃、父は仕事を辞めて上手くいかなかった様なんですがその頃の私暴力を振るうのか分かりませんでした。私は次第に外で友だちと遊ばなくなり、ひとりで遊ぶ事が多くなりました。それから父と母は私が小三になる頃に離婚しました。』
やっぱりこのみは両親の離婚が関係しているらしい。
『三年生になって、私は学校が終わると駅前の商店街のお店でやっている放課後見守り隊に行き、母の仕事が終わるまで過ごしました。四年生になると、ある三年生の女の子が同じお店に来る様になりましたが、最初はその子は誰とも話をしないで暗い感じでした。なんとか少し話をする様になり、聞いてみたら容姿の事でクラスで苛められていたんです。私はその子の力になりたくて、一緒に遊んだりしました。』
遥の事である。
(遥ちゃん、ちゃんと聞いていてくれるかな?)
『その子が明るく過ごせる様に女の子が喜ぶ遊びをやっているうちに、私は女の子に憧れを抱きました。たぶん、父の暴力もあって同じ男である事への反発もあったと思います。』
父が反面教師になり、遥と遊んでいるうちに女の子になりたい思いが芽生えたとの事だった。
『五年生になり、放課後見守り隊には通わなくなったのでその子とは一緒に遊ぶ事はなくなりましたが、女の子への憧れはだんだん強くなって、自分はおかしいのかなと考えながら女の子っぽい服を好んで着る様になり髪も長めになりました。母と離婚した父とは1ヶ月に一度会っていましたが、着ている服を見ていつも男らしくしろと言われて逆に反発を覚えました。』
このみは優しい性格だが、思い詰めると頑なになってしまう。
父に言われれば言われるほど女の子への憧れが強くなっていた様である。
『六年生になり風の噂で中学校に行った白杉さんの話を聞いて、ものすごく興味が湧きました。白杉さんに会いたいと思って文化祭に行ったら大勢の人に囲まれている白杉さんの前でつい私も女の子になりたいって言ってしまったんです。』
あの時の事は鮮明に覚えている。
『それから白杉さんは事情を察してくれて無理はしない様にって言ってくれましたが、白杉さんを見て私もいつかは白杉さんの様になりたいと思っていましたが、月に一度会う父に隠して女の子になるのは難しい問題でした。でも、クラスの友だちが支えてくれて女の子として学校に通える様になり、性同一性障害の認定も受ける事が出来ました。今の自分があるのは母や白杉さん、先生方、それにクラスのみんなが受け入れてくれて応援してくれたからだと思っています。私たちの様に悩んでいる人は大勢いると思いますが、私もそういう人を応援出来れば嬉しいです。ありがとうございました。』
このみが話終えると、体育館中に拍手が響き渡った。
壇上からはあまりよく見えないが、遥は俯いて泣いている様だ。
『こうちゃん、良かったよ!』
戻ってきたこのみを知香は労った。
『ありがとうございます。』
『遥ちゃんに気持ち伝わったら良いね。』
『はい!』
後で遥のところに行ってみようとこのみは思った。




