優しいお兄ちゃん
始業式が終わり、次の日は入学式だ。
知香は生徒会長として新一年生にお祝いの挨拶をしなければならない。
『おはようございます、知香さん。』
朝はこのみと共に登校する。
『今日は清水くん一緒じゃないの?』
『はい、今日は朝練だって。クラスも別になっちゃったし。』
このみは二年C組になり、豊はA組だそうだ。
『私も萌絵と離れちゃったからね。もう機嫌悪くて大変だよ。』
結局、昨日は萌絵と一緒に帰らなかったので話はしなかった。
まあ奈々が居るからなんとかなるだろう。
『そう言えばさ、こうちゃん一年生の遥ちゃんって知ってる?』
『はい、見守り隊で一緒だった西山遥ちゃんですよね。』
『だいぶ懐いていたみたいだけど、女の子として会った事はあるの?』
『いえ。クリスマス会でメー◯ルやった時は遥ちゃん五年生だったから来ていないし。』
『そっか、こうちゃんの事覚えているかな?』
『覚えていてもあの頃は男だったしどうでしょう?』
ふたりは学校に到着し、それぞれの教室に向かった。
在校生が体育館に移動し、来賓や一年生の保護者も集まって来た。
『これより、令和3年度F市立第三中学校入学式を行ないます。一年生、入場!』
教頭先生の合図で音楽に合わせて新一年生が入場して来た。
『小さいね。』
新しい制服に身を包んだ一年生たちが知香たちの前を通り過ぎる。
知香たちも2年前はあんな感じだったと思うと感慨深い。
『在校生祝辞!3年A組、生徒会長白杉知香!』
『はい!』
教頭先生が知香の名を呼び、立ち上がると新一年生たちが知香に注目した。
(目立つなぁ~。)
壇に上がり、お辞儀をしてマイクに向かった。
『新緑の眩しい季節となり花々も色とりどりに咲き始めた今日、新たに中学生となられたみなさん、入学おめでとうございます。
真新しい制服は如何でしょうか?私たちも初めて制服を着てこの市立三中の門をくぐった時は緊張でいっぱいでした。しかし、勉強や部活動、優しい先輩や大好きな友だちに囲まれて次第に中学生活にも慣れ、充実した毎日を過ごしています。みなさんも一日も早く学校に慣れて楽しい3年間を送って下さい。一緒に頑張りましょう。生徒会長、3年A組、白杉知香。』
緊張をしながら大役を果たした知香はひと息付いて、壇から降りた。
自分の席に戻ると雪菜が握手を求めてきた。
『ばっちりだよ、やったね。』
『緊張したよ~。』
小声で雪菜と言葉を交わし、式に集中した。
放課後、生徒会室でしおりや紀子たちと談笑していると、扉をノックする音が聞こえた。
『はい。』
『失礼致します。生徒会長さん、いらっしゃいますでしょうか?』
新一年生の女子の様だ。
(遥さん?)
少しぽっちゃりした体型を見て西山遥ではないかと思った。
『私、一年B組の西山遥と申します。』
(やっぱりそうだ。でも何の用?)
『私が生徒会長の白杉です。』
知香は遥のところに歩み寄って名乗った。
『あの……上田康太さんを元に戻して下さい。』
『はい?』
突然、このみを元に戻せってどういう事なのか?
『私、小学校の時から康太さんから優しくしてもらって、本当の兄の様に慕っていました。それが卒業式以来女の子になってしまって昔みたいに慕う事が出来なくなってしまいました。聞いた話だと会長さんの影響だそうじゃないですか?』
確かにこのみは知香の影響で女の子として学校に通っている。
でも、一番は自分の意思なのだ。
『西山さん。上田さんは女の子として学校に通っているけど、西山さんに対する気持ちは全然変わっていないわよ。』
『女の子じゃダメなんです。康太さんは優しいお兄ちゃんでいて欲しいんです!』
気持ちは分かるが、今さらこのみが男の子に戻るなんて考えられないと思う。
『しおりちゃん、まだこうちゃん教室に居るかもしれないからちょっと見て来てくれる?』
『はい。』
しおりがまたこのみと一緒のクラスで良かった。
暫くするとしおりがこのみを連れて生徒会室に戻って来た。
『遥ちゃん!』
遥は一度このみの声に反応してこのみの方を見たが、直ぐに顔を反らした。
『こうちゃんじゃない。全然別の人。』
このみは遥の前に行き、しゃがんだ。
『遥ちゃん、ごめんね。遥ちゃんのお兄ちゃんで居られなくて。』
遥はぷいっと横を向いた。
『苛められてない?ずっと心配していたんだよ。』
『……今さら何よ?辛い時もあったけど、こうちゃんと一緒に中学で頑張ろうと思って我慢したんだよ。』
『ホントにごめん。お兄ちゃんじゃいられないけど、お姉ちゃんじゃダメなのかな?』
遥は泣きながら答える。
『……そんなの勝手だよ……。』
たぶん遥は[康太]に恋をしていたのだろうと知香たちは思った。
(奈々と一緒だ。)
奈々も[知之]に恋をして知香になって恋が破れたと言っていた。
『西山さん、恨むなら私を恨んで。こうちゃんを責めないでね。』
『知香さん!』
このみは優しすぎて精神的に弱いからこれ以上遥を泣かせたらまた女の子になる気持ちが揺らいでしまう。
それは出来るだけ避けたいのだ。
『遥ちゃん、知香さんは関係ないよ。私が女の子になりたいだけだから。もし女の子の私を受け入れてくれないんなら仕方ないけどサヨナラだよ。』
このみの言葉を聞いて遥は思い切り泣いた。
(こうちゃん、強くなった?)
知香や麗に鍛えられたのかもしれない。
このみは全然迷いが無かった。
『私が女の子になっても遥ちゃんを思う気持ちは一緒だから。』
遥は泣き崩れたままだ。
『知香さん、時間が掛かるかもしれないけど遥ちゃんに分かってもらう様に頑張ります。遥ちゃん、行こう。』
このみは遥を起こし、腕を肩に回した。
『……大丈夫……、自分で歩く……。』
遥はこのみを遮り、自分で歩きだした。
このみは遥に自分のハンカチを渡し、涙を拭く様促す。
『ありがとう……こうちゃん。』
ハンカチで顔を拭う遥を見て知香は遥にこのみの優しさは直ぐに伝わるだろうと思った。