このみの初恋
『知香さんはやっぱり私なんかと違うって改めて思いました。』
『そんな事無いよ。今回はみんな頑張ってくれたし。』
週末、紀子の自宅での会話だ。
『私は知香さんにならいくら苛められても良いな。』
これではSMの世界である。
紀子は知香に理想の自分を重ねているらしいが知香本人は他人を傷付ける様な事は大嫌いだ。
『苛めたりはしないけどのりちゃんを可愛がっちゃお。』
『ありがと、知香お姉ちゃん!』
ここからは紀子の幼児タイムである。
週明け、いつもの様に知香とこのみは一緒に登校する。
『清水くん、どうなったんですか?』
『とりあえず大丈夫だと思うよ。あの子、凄くしっかりしているし。』
豊を心配しているこのみが愛おしく感じる。
『今まで苦しんでいたのに気付いてあげられなかったし、知香さんたちに任せっきりで何も協力出来なかった……。』
このみが落ち込んでいる。
『こうちゃんの直ぐ落ち込むところは悪いくせだよ。こうちゃんが悩んでいる時に清水くんだって分からなかったんだからお互いさまだと思う。大事なのはこれからどう付き合うかじゃない?清水くんの傷を癒すのはこうちゃんの役目だよ。』
『分かりました、ありがとうございます。』
苛めの問題は当事者だけでは無く回りの人たちがどれだけ当事者に寄り添えるかが大事だと知香は思う。
それは知香が雪菜やはずみ、美久らに励まされてここまで来れたという想いがあるからである。
二人の歩く先に豊が学校に向かっているのが見えたので、知香はこのみを押し出した。
『一緒に行きなよ!』
このみはそのまま豊の方に走り、声を掛けてそのまま一緒に登校して行った。
『青春だなぁ~。』
『なに?リア充のくせに?』
知香に反応したのは奈々だった。
『あ、奈々。おはよう。』
『おはようじゃないわよ。最近萌絵が知香と話が出来ないってうるさいんだから。あんたたち同じクラスでしょ?』
萌絵が本音を話せるのは知香の他は奈々くらいしかいない。
生徒会活動のお陰で萌絵とは休み時間もろくに話していないので部活で奈々に愚痴を言っているのだった。
『ごめんね。』
『とにかく私は、知香と萌絵が仲良くしてくれないと迷惑なの。』
知香でなく[知之]を好きになって振られた奈々は知香と萌絵の仲が悪いと自分の立つ瀬がないと言う。
『分かったよ。』
正直、今は愚痴ばかり言う萌絵よりわがままでも素直な紀子の方が愛おしく感じる事がある。
一方、このみと豊は歩きながら週末の出来事を話していた。
『野球部も1週間活動停止なんだって?』
『うん、他の先輩たちも責任あるから反省するって。』
『ねぇ、今日はバイト休みだからバッティングセンターに行かない?』
このみが提案した。
『上田、お前も打つのか?』
『私だって、最初は野球部入るつもりだったんだよ。』
父の勧めとはいえ[康太]も野球は嫌いではなく、小学校の頃は豊とよくキャッチボールをしていた。
『そうだったな。久しぶりだけど行こうか?』
放課後、二人は市内のバッティングセンターに行った。
『上田、スカート穿いて打つの?』
私服に着替えたこのみはスカート姿だ。
『だって、パンツとかあまり持ってないもん。 』
女の子として一年経ったが、まだ服は少ない。
『私2回分で良いよ。』
コイン1枚で300円だが、5枚だと1000円なので二人で分け合う。
『俺、先に打つけど良い?』
『うん、見てるから。』
豊は球速110キロのケージに入った。
最初こそタイミングが取れずに空振りをしたが、後半は快音を連発している。
『さすがレギュラー!』
『止せよ、このくらいタイミングさえ合えば普通に打てるし。』
『次あっちで打つから見てて。』
このみは90キロのケージに入る。
『一年以上全然やってないから速いのは無理。』
と言いながら、なかなか鋭いスイングをみせる。
このみは知香と違ってそこそこ運動が出来るのだ。
『良いねぇ。一緒に野球部入れなかったのは残念だよ。』
『スカート穿いて打つのも面白いね。』
ひと汗かいて、ベンチで二人は自販機で買ったジュースを飲む。
『今からでも野球部入れば?他の学校には女子の野球部員居るし。』
豊の誘いにこのみは首を振る。
『ごめんね、私は女の子になる目標があるからお金も貯めなきゃならないし、お母さんにこれ以上迷惑を掛けられないから。』
『そっか、バイトもしているしな。』
豊は諦めて、天井を見つめる。
『このみと一緒なら楽しいんだけどな……。』
『え?……このみって……?』
それまで上田と呼んでいた豊がこのみと言った。
『あ……ごめん。やっぱ上田で良いか…?』
『そんな事無いよ!このみって呼んで欲しい。』
豊はこのみの目を見た。
『お前、本当に女の子になっちゃったな。』
『まだまだだよ。知香さんと違ってふらふらしてるし……。』
『確かに。白杉さん、飯田さんに啖呵切って凄かったもんな。でもこのみはこのみなりに頑張っているよ。このみのそんなところが……。』
このみは豊の次の言葉を期待したが、豊は黙ってしまった。
『そんなところが何なの?』
『……ごめん、まだ言えない……。』
二人とも照れて顔を見せられない。
もはや同性の親友ではなく異性として惹かれ合う存在になりつつあった。




