野球部のキャプテン
昼休み、知香は一年A組の教室に行った。
『清水くん、居るかな?』
『あ、知香さん!』
最初にこのみが反応した。
『はい。白杉さん、久しぶりです。』
知香と豊が話をするのは小学校の時以来である。
『ちょっとお話したいんだけど良いかな?村田くん、しおりちゃん、こうちゃんも一緒に来てくれる?』
知香は豊たちを連れて生徒会室に向かった。
『失礼しま……長井先輩?!』
生徒会室には既に紀子、吉村と共に長井が待っている。
『ごめんね。長井くんから清水くんが飯田くんに苛められてるって聞いたから。』
『先輩!』
『清水ごめん。俺、お前は俺のせいで苛められているの見ていられなかったんだよ。』
『先輩のせいじゃないし、俺大丈夫ですから!』
豊は長井に訴える。
『もう隠さなくて良いよ。ちょっと上着脱げ!』
長井に言われ豊は制服のボタンを外すと紀子としおりは目を背けた。
『ちょっと、女子の前でそんな…?』
『これを見ろ!』
豊の胸は無数の大きなアザが出来ていた。
『これは普通に練習で出来たものじゃない。至近距離から飯田に当てられたものだろ?』
見ている方が痛く感じる。
『こんなの、硬球だったら骨折しているところだ。我慢にも程がある。』
吉村が言った。
中学野球は軟式だが、骨折する程では無いにせよ当たればかなり痛い。
『だから大丈夫ですって。僕が下手なだけです。』
豊は強情だ。
『なんでそこまでされて庇うの?先輩とかキャプテンとか関係無いでしょ?』
問い詰められた豊は細々と話し始めた。
『……チーム弱いし。俺も先輩怖いけど、俺がなんか言って先輩が居なくなったらもっと勝てなくなるし。』
『そんなの関係無いよ!私、清水くんが辛い思いをしているの見たくない!』
このみが叫んだ。
『上田……。』
『確かに飯田くんは野球上手いかもしれないけど、それでチームワークが乱れても良いのかな?』
『……いえ……。』
野球の事は分からない知香だったが、チームワークの大切さは分かる。
『じゃあ頑張ろうよ。飯田くんの為にも。』
『先輩の為?』
『このまま飯田くんのせいにして孤立させるのは間違ったやり方だと思う。やっぱり飯田くんも含めてのチームワークでしょ?』
放課後、知香は黒木先生に報告した。
『そうか……。白杉、悪かったな。長井も決して下手じゃないんだが、チームの柱として飯田と清水を組ませたかったのが仇になってしまった。』
二年生で一番上手いキャプテンの飯田をショート、一年生の中心の豊をセカンドで組ます為にポジションが被る長井を外す結果になってしまったが、長井はセカンドもショートも守れる。
『白杉、これから野球部に行って俺が引導を渡すから一緒に来い。』
そう言って黒木先生が立ち上がり、野球部の練習に向かった。
『寒いですね。タイが恋しいです。』
1月の北関東は赤城山から吹く風が冷たい。
二人がグラウンドに降りた時、部員たちはキャッチボールをしていた。
飯田を始め、豊も長井も居る。
キャッチボールが終わり、部員全員が集まって来た。
『急な話だが、明日から2週間、飯田は部活に出るのを禁止する。』
突然の黒木先生の言葉に部員たちはざわついた。
『それから、俺の一存でキャプテンを飯田から長井に交代する。』
『なんでですか?』
飯田が納得出来ないという顔で黒木先生に詰め寄った。
『自分の胸に聞いてみろ、飯田。』
『くそ!おめえら笑ってんじゃねぇぞ!』
飯田は部員たちに刃を向ける。
『止しなよ、飯田くん。』
『なんだ?白杉、生徒会長だかなんだか知らねぇが、部外者の癖に黙ってろ!』
今度は知香に歯向かってきた。
『そうはいかないよ。私だって立場上苛めを見て見ない振りなんか出来ないから。』
『大体お前生意気なんだよ!元は男のくせに!』
『それがどうしたの?殴ってみる?!』
昔と違って知香は一歩も引かない。
『望みとあればやってやるよ!』
『二人とも止めなよ。』
長井が二人を止めた。
『元はと言えば俺が生徒会に報告したんだ。殴るなら俺を殴れよ。』
『長井、てめぇ!』
もう飯田は自分を抑える事は出来ない。
『飯田先輩、俺待ってますよ。』
『何?』
待っていると言ったのは豊だった。
『このチームは先輩が中心なんです。戻ってきたら一緒に頑張りましょう。』
『清水、俺が今までお前に何したのか分かっているのか?』
『あーあ、自分で言っちゃったよ。』
知香が舌を出した。
それまで飯田が豊を苛めたとは誰も言っていない。
『飯田、清水はお前の事をチームに欠かせない先輩だと思って庇ってくれていたんだ。2週間の間に反省して考え直せ。』
黒木先生に言われ、飯田は項垂れた。
『飯田、俺たちも待っている。』
長井も飯田を慰め、飯田は無言でグラウンドを後にした。
『先生、飯田くん大丈夫でしょうか?』
『大丈夫だ。あいつは熱い奴だからな。』
とりあえず野球部の苛め問題は片付いた様だ。




