野球部の実態
暫くして吉村が戻って来た。
『どうだった?』
『やっぱり先生が居るとしっぽは出さないね。分からなかった。先生が言うには新人戦の時、清水がレギュラーになって二年生がポジションを奪われたのが原因かもしれないそうだ。』
吉村は黒木先生から聞いた話を知香たちに説明する。
『その二年生って誰か分かる?』
『長井だそうだ。白杉のクラスだよな?』
『長井くん?苛めなんかしなさそうだけど。』
長井はクラスでもあまり目立たない存在だった。
『明日長井くんに聞いてみるよ。こうちゃんは清水くんに聞いてみてくれる?』
『はい、分かりました。』
『俺たちは?』
このみと同じクラスで苛め対策副委員長の村田や生徒会書記のしおりは役目を与えられていない。
『二人は他の一年生部員から聞き取りをしてくれる?後投書をしたのが誰か分かったら良いんだけど。』
投書をしたのは匿名なのでまだガセの可能性も否定出来ない。
『分かりました。』
翌朝、いつもは知香と一緒に登校するこのみだったが、少し早めに自宅を出て豊の家に向かい、待ち伏せした。
『おはよう、清水くん。』
『うわっ、どうした?上田。』
豊は自宅の前に立っていたこのみを見て驚いた。
『ごめんね。実は知香さんから清水くんが野球部で苛められてるらしいって聞いたから。』
このみはストレートに豊に聞いた。
『そ、そんな事無いよ。なんで急に?』
『目安箱に投書があったんだよ。私も読ませてもらった。』
『冗談だろ?大体誰が書いたんだよ?』
『……そ、それは……分かんない……。』
『出した奴が分からないっておかしいだろ?いたずらだよ、いたずら!』
豊は誰かを庇っているのだろうか?
『清水くん、私をばかにする奴は許さないって言ったよね。私だって清水くんを苛める人を許さないから!』
『……心配させてごめんな。でも大丈夫だから。』
豊は小さな声でこのみに言った。
『でも上田、本当に女の子っぽくなったよな。クラスの他の女子より女の子らしいよ。』
麗の家で鍛えられている成果かもしれない。
『そこでこんな事言う?』
このみは少し顔を赤らめた。
一方では知香が教室で長井に質問する。
『ねぇ長井くん、野球部の事なんだけど……。』
『なんだ突然?昨日は吉村が見学に来ていたし、何か悪い事したのか?』
長井は焦った感じで逆に質問した。
『大きい声で言えないけど、野球部で一年生が苛められてるって投書が来たの。心当たりある?』
『し、知らないよ!単なるいたずらじゃないのか?』
長井もどうやら知っていて白を切っているみたいだ。
『ふーん?黒木先生は長井くんが怪しいみたいな事言ってるけど。』
『ばかやろ!俺じゃねぇよ!』
『そうなの?苛められているのは清水くんでレギュラーを取られた長井くんがその腹いせで苛めてるんじゃないかって言う話なんだけど。私は長井くんが苛めをする人じゃないって思っているけど、なんか知っているんじゃない?』
知香は長井に問い詰める。
『……投書を出したのは俺なんだ。』
『え?』
なぜ匿名で投書したのだろう?
『レギュラーを清水に取られたのは俺が下手だったからだから別になんにも思っていなかったよ。実際、清水は上手いし。でもさ、飯田がなんで一年なんか出すんだ!って怒ってさ。』
キャプテンの飯田が原因だったのか?
でも長井本人は気にしていないのに苛める原因になるだろうか?
『それで新人戦の時、ウチは最終回まで勝ってたんだけど、ワンアウト一・三塁のピンチの時相手のバッターがセカンドゴロでゲッツーのチャンスでさ。』
『ごめん、野球のルールあまり知らないんだけど……。』
知香は運動音痴だ。
『面倒くさいな。普通、ゴロが飛んで来たら打ったバッターより先に一塁に投げればアウトになるだろ?』
『うん。』
そのくらいは分かる。
『で、ランナーが一塁に居る時は先に二塁に投げてランナーをアウトにしてそこから一塁に投げればゲッツー、ダブルプレイになるからそうなれば試合終了で勝つ訳だ、分かるか?』
『三塁に居た人が先に本塁に行ったら一点入って同点じゃないの?』
『こういう場合、一塁のアウトが優先されるんだ。その時、セカンドが清水でショートが飯田だったんだけど……。』
長井は知香にノートに図解して説明する。
『普通に入ればアウトだったのに、飯田が入るのが遅れて二塁がセーフになってな、飯田は慌てて一塁にとんでもない悪送球しちゃったんだ。それでそのランナーも帰って逆転サヨナラ負け。』
『これって清水くんのせいなの?』
『いや、二塁ベースに入るのが遅れた飯田の完全なボーンヘッドだよ。でも、飯田は最初からゲッツーなんか出来ないのに投げやがってなんて言ってさ、それからおかしくなったと思う。』
自分のミスを認めないばかりか、一年生のせいにするなんて最低のキャプテンだ。
『それから練習でも少しでも送球が逸れたら捕ろうとしないし、逆に清水に送球する時はもの凄く近いのに思いっきり投げたり見てて嫌になるくらいだったよ。練習後もジュースを買いに行かせて自分のほしい飲み物が売り切れた時なんか殴ったりもしていた。』
『なんで他の二年生は黙っていたの?』
『奴のワンマンチームみたいなもんだからさ。奴の言う事聞かないと二年生だろうが今度は自分が立場悪くなるから。』
恐らく長井が匿名で投書したのもそんな理由なのだろう。
『俺だって黙って見ているのは辛かったけど、飯田も俺には気を遣うから悪いなと思って。清水には本当に申し訳無いと思っている。』
『ありがとう長井くん、おかげで清水くんを救える事が出来るよ!』
知香は長井に礼を言った。